はじめに 
 私は33歳頃から、東京大学薬学部にて生理学的薬物速度論(PBPK)モデルを用いて、細胞、オルガネラを用いたin vitro代謝、輸送、結合の実験結果からin vivoでの動態(クリアランス、組織取り込み・排泄能力、薬物間相互作用)を予測するという研究を発展させてきた。薬物の体内動態が、酵素と薬物、トランスポータ(TP)と薬物、あるいは結合タンパクと薬物の相互作用という生化学的反応に関連するパラメータと、血流や細胞・組織の生体内での空間的配置という生理・解剖学的パラメータに基づき数理モデルにより記述でき、さらにはコンピュータの発展に伴い、試験管内で取得した種々のパラメータを基に予測できるようになることを示す大変に夢のあるものであった (1)。以来、この夢の実現に向かって40年間、研究を続けてきた。
医薬品承認申請におけるPBPKモデル活用
近年、米国FDAが中心となり、PBPK モデルによる薬物動態予測を、臨床試験の必要性の判断、投与量の設定に活かそうという動きがある。その根幹には、多種の薬物、多様な患者側の背景のすべての組み合わせにおいて臨床試験を行うことは不可能であり、それを規制側が要求することにより医薬品開発を遅延させるべきでないという考えがある (2)。今後、病態、生理的状態に伴う各種代謝酵素やトランスポータ、創薬標的蛋白質の量、質の変動に関するデータが積算されることにより、薬物間相互作用を避けることのできる医薬品、個人間変動や病態による影響を受けにくい医薬品、治療域の広い医薬品の開発につなげることができるものと期待される。このことを目的として、9年前に私は理研特別研究室で研究を開始した。さらに今年の4月から城西国際大学 薬学部にて“定量的システム薬物動態・薬効解析研究室”を主宰し、本研究を発展させようとしている。
現在進めている研究の概要
(1) 研究の背景;
 過去に集積された膨大な薬物の臨床薬物動態のデータを数理モデルで解析し、in vitroでの代謝、輸送データと連結させ、相互の関連を定量化することが可能になってきている。薬物間相互作用(DDI)においては、被相互作用薬のクリアランス全体における当該の酵素、トランスポーター(TP)の寄与率、さらには阻害剤が影響を与える酵素、TPに対する阻害の強さ(1/Ki)を臨床の報告例から抽出することにより、未知のDDIの程度を予測することも可能になる。 多くの臨床イベントがきっかけになって薬物間相互作用の予測、遺伝子多型に基づく個人間変動の予測をin vitro試験に基づいて行う方法論が飛躍的に発展した(3,4)。FDAではこうして予測された結果を添付文書に掲載することも条件が揃えば許可しており、既に数多くの実践例がある。
(2) 非結合型薬物濃度に駆動され生体膜輸送が生じるという”フリー仮説”は正しいか? 
上記の仮説は薬物動態学の領域で長い間信じられてきた。実際に、そのことの正しさを示す研究も数多く見られる。一方で、この仮説の正しさにチャレンジする研究が30-35年前に幾つか発表された。しかしながら、実際に“フリー仮説”を否定することをヒトにおける薬物動態研究において示すことができなかったため、私の研究室をはじめとして研究の継続がされてこなかったという経緯があった。最近この研究が再燃してきた。大きな契機になった研究はTPを介したヒト肝細胞への取り込みクリアランスを血漿タンパク結合の大きい薬物を用いて測定しフリー仮説に基づいて予測したところ、臨床における肝クリアランスを大幅に過小評価したという事実である (5)。この予測(IVIVE;in vitro/in vivo extrapolation)を改善するためのモデル解析については当日講演したい。
 (3) in vitro実験で得られたKi値を用いて、in vivoの薬物相互作用(DDI)を予測できない理由
相互作用解析が集積されるにしたがって理解できてきたことは、in vitro のパラメータ(Ki値など)が、in vivo をよく反映してない場合が多々あるということである。なぜ、そういうことが生じるのだろうか? 解析の進んでいる一例を示したい。シクロスポリンA(CsA)がOATP1Bを阻害する場合をとりあげる。Ki値は、OATP1Bを発現している細胞とCsAを30-60分ほどpreincubationすることにより、preincubation無しで測定したKi値よりも、10倍以上小さい値を示しその値がin vivo のKi値に近いということがわかってきた (6)。また、この現象を説明できる機構として、肝細胞質側からより強い親和性で阻害が生じるいわゆるtrans-inhibition 機構が提唱されている(6)。血液側からの競合阻害(cis-inhibition)も同時に生じる。cis-inhibition, trans-inhibition の両阻害が同時に生じるという仮説で、pre-incubation 時間依存的にKi値が小さくなるということが説明できる。この阻害機構に基づくことにより、in vivo阻害を定量的に説明できることが示されている (6)。
(参考文献)
(1) Iwatsubo T et al., Prediction of in vivo drug metabolism in the human liver from in vitro metabolism data. Pharmacol Ther 73:147-171 (1997).
(2) Zhao, P. et al. Applications of physiologically based pharmacokinetic (PBPK) modeling and simulation during regulatory review. Clin. Pharmacol. Ther. 89,259–267 (2011)
(3) Giacomini KM et al., Membrane transporters in drug development. Nat Rev Drug Discov 9:215-236 (2010).
(4) Taskar KS et al., Physiologically-Based Pharmacokinetic Models for Evaluating Membrane Transporter Mediated Drug-Drug Interactions: Current Capabilities, Case Studies, Future Opportunities, and Recommendations. Clin Pharmacol Ther. 107:1082-1115. (2020).
(5) Kim SJ et al., Extrapolation of In Vivo Hepatic Clearance from In Vitro Uptake Clearance by Suspended Human Hepatocytes for Anionic Drugs with High Binding to Human Albumin: Improvement of In Vitro-to-In Vivo Extrapolation by Considering the "Albumin-Mediated" Hepatic Uptake Mechanism on the Basis of the "Facilitated-Dissociation Model". Drug Metab Dispos. 47:94-103 (2019).
(6) Shitara Y, Sugiyama Y. Preincubation-dependent and long-lasting inhibition of organic anion transporting polypeptide (OATP) and its impact on drug-drug interactions. Pharmacol Ther.177:67-80 (2017).