認知症の多くはアルツハイマー病(AD)を原因疾患としている。ADの病理学的な特徴として著明な神経細胞死に加え、アミロイドβ(Aβ)を主要構成成分とし細胞外に蓄積する老人斑、そしてタウタンパクから構成され細胞内に蓄積する神経原線維変化が知られている。これまでの研究から、脳内Aβ量の増加が神経細胞内のタウ蓄積を招来し、神経細胞死を惹起するという発症メカニズムが考えられ、Aβやタウを疾患鍵分子とする、分子病態研究が精力的に進められてきた。
近年、これら異常タンパク質の凝集・蓄積は発症の10-20年以上前から開始していることも明らかとなってきた。またAD発症リスクに影響を与える遺伝学・環境リスクの解析から、異常凝集・蓄積したAβやタウに対して生じる脳内の細胞応答、すなわち脳内炎症反応が発症プロセスに重要であると理解されつつある。すなわち、慢性疾患としてADを捉え、発症プロセスにおいてAβやタウの異常蓄積が脳内の様々な細胞間相互作用に対して惹起する「Cellular pathology」、すなわち細胞病態の理解が必要と考えられるようになり、その解明は画期的創薬につながる可能性が期待されている。
更に最近、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析の技術革新により、凝集・蓄積しているAβやタウの構造が明らかとなりつつある。興味深いことに、病因タンパクをin vitroにおいて凝集させた線維と、患者脳由来の線維構造が異なっていることが示された。また、タウはADのみならず複数の神経変性疾患において蓄積しているが、それぞれ異なる疾患特異的な線維構造をとっていることも理解されるようになった。すなわち、患者脳に蓄積している病因タンパクを原子レベルで理解する、「Molecular pathology at atomic level」の世界に展開しつつある。
本講演ではAD創薬研究におけるこれらの現状と、新たな展開を紹介したい。