利便性の高さから依然として医薬品の大半は経口薬によって占められている。経口薬を開発する上で、第一関門である消化管吸収性の善悪は極めて重要な評価項目の一つである。一 般的に小腸における吸収は、脂溶性が高く分子量が小さな化合物では概ね大きな膜透過を示 し吸収性が良いとされているが、消化管に発現する一連の代謝酵素・トランスポーター群の 基質薬物については、吸収性が単純な物性からだけでは決定されず、吸収率の予測には、異 物解毒系分子による代謝・輸送を定量的に加味する必要がある 1)。従って、新薬の消化管吸 収性を in vitro 透過実験で評価するには、intact な消化管に発現する複数の代謝酵素・トラ ンスポーターの発現/機能が維持されていることが望ましい。しかしながら、例えば創薬にお ける消化管吸収率の予測において最も繁用されている大腸がん由来不死化細胞 Caco-2 細胞 の場合、種々の遺伝子発現プロファイルが intact な消化管とは異なっており、特に CYP3A を介した代謝はほぼ見られないことから、CYP3A 基質薬物の経細胞輸送からの吸収性評価 は困難であるといわざるを得ない。また、動物実験の活用も考えうるが、代謝酵素・トラン スポーターの分子種・発現の種差の壁を超えることはできない。
一方、ヒト肝クリアランスの予測が格段に進歩した背景にヒト凍結肝細胞を用いた代謝・ 輸送試験系が確立しており、創薬で活用されていることが挙げられる 2)。そこで我々は、消 化管吸収の予測においてもヒト検体の利用が最も近道ではないかと考えた。その中で、我々 は幸いにして、筑波大学医学医療系消化器外科の小田竜也教授の多大なる協力を得て、膵島 十二指腸切除術の際に医学上の必要性で摘出される小腸上部の正常部位の残余検体を阻血時 間を最小限に抑えた状態で、国際的にも例を見ない頻度(月 2~3 検体)で入手可能な体制を 整えることができた。そこで我々は、Daiichi Sankyo Europe GmbH の Tissue and Cell Research Center, Munich (TCRM)の Dr. Rozehnal Veronika らの技術指導 3)により、ヒト 新鮮消化管を用いた Ussing chamber による薬物透過試験系を確立し、種々トランスポータ ーが正常に機能していること、またトランスポーター・代謝酵素基質を含む性質の異なる複 数の薬物群において、筋層剥離ヒト組織を介した薬物の透過係数と tube model の仮定から 導かれる理論曲線に基づき、良好にヒトにおける消化管吸収率の予測が成立することを発表 した 4)
しかしながら、本実験系の短所として、ヒト組織の新鮮さが本試験の成功のために重要で あり、例えば、摘出後わずか数時間たつと一部のトランスポーターの輸送活性が低下するこ とが分かっている 4)。従って、創薬における活用を考えたときに、時を選ばずすぐに試験す ることが出来ない点は不適である。一方で近年、ヒトや動物の消化管の crypt 領域に存在す る小腸幹細胞を継代培養可能な実験条件が確立され、必要な時に分化を促す培地に変更する ことによって、吸収上皮細胞に分化させることが出来ることが報告されてきた 5)。本実験系の特長として、小腸幹細胞を凍結保存して必要な時に利用できる点、種を超えて幹細胞の継代培養と分化の培養条件がほぼ同じであることから、種差の検討が統一した実験条件下で行 える可能性がある点 6)に加えて、crypt 採取部位における遺伝子発現パターンを小腸幹細胞 由来の分化細胞が再現可能であることから 7)、未だかつてない消化管の吸収部位差を考慮し た実験系になる可能性が期待される。そこで我々は、各種実験動物の消化管の各部位より採 取した crypt 領域より消化管幹細胞の 3D スフェロイド培養系を構築することに成功した。 現在、マウス由来の系に関して先行して機能解析を進めており、その結果の一端を紹介した い。消化管の排出トランスポーターP-glycoprotein (P-gp), breast cancer resistance protein (BCRP)の選択的な基質薬物について小腸幹細胞由来の分化細胞への一定時間後の蓄積を観 察したところ、P-gp/BCRP の阻害薬である PSC833, Ko143 の共存下においてその蓄積量の 上昇が観察された。さらに、小腸幹細胞の 3D スフェロイドを酵素的に分離し、culture insert 上に播種した上で分化培地に転換することにより、細胞の単層膜の形成にも成功しており、 P-gp, BCRP 基質薬物の basal から apical 方向への選好性を持つ方向性輸送が観察され、P- gp/BCRP 阻害薬によって方向性が喪失することも確認することが出来た。また、マウス十二 指腸と回腸由来 crypt から調製した小腸幹細胞について、各種トランスポーター分子の mRNA 発現量を比較したところ、消化管上部に多く発現する PCFT については、十二指腸 由来の分化細胞の方で発現が有意に高いのに対して、消化管下部に多く発現することが知ら れている P-gp, BCRP, また胆汁酸取り込みトランスポーターである ASBT については、回 腸由来の分化細胞で発現が高いことが確認され、確かに細胞の由来部位の遺伝子発現情報が 分化細胞においても保持されていることを確認することが出来た。さらに、胆汁酸の
taurocholate の経細胞輸送を両細胞由来の分化細胞の単層培養系を用いて確認したところ、 十二指腸由来の分化細胞の方のみについて apical から basal 方向への方向性のある経細胞輸 送が観察されたことから、輸送機能的にも消化管部位差を再現可能な実験系になっているこ とが確認された。現在、代謝酵素等も含めて包括的に異物解毒系の機能について調べており、 新規の部位差・種差を系統的に確認可能な in vitro 実験系になることを期待している。
Reference
1) Takano J et al., Drug Metab Dispos, 44, 1808-18 (2016)
2) Maeda K and Sugiyama Y., Methods Mol Biol, 640, 327-53 (2010).
3) Rozehnal V et al., Eur J Pharm Sci, 46, 367-73 (2012)
4) Michiba K et al., Drug Metab Dispos, 49, 84-93 (2021)
5) Sato T et al., Nature, 459, 262-266 (2009)
6) Powell RH et al., Biol Open, 6, 698-705 (2017)
7) Middendorp S et al., Stem Cells, 32, 1083-1091 (2014)