近年、医薬品開発が困難を極める中、その成功確率向上に向けて、開発早期に継 続/非継続の意思決定を試みることは、極めて重要な課題となっている。中でも、 前臨床段階における候補化合物の安全性評価結果は、その後の開発の効率化に大き く影響するため、意思決定のための重要な要素になりうる。実際、臨床試験におい て有害事象による開発中止のケースは未だ多く、なにより患者の健康に大きな影響 を与えうる。これまで、開発早期における毒性評価には、多くの場合、細胞を用い た in vitro 評価系が採用されてきた。しかしながら、同評価系に利用される初代細 胞や株化細胞または iPS 細胞に由来する分化細胞は、細胞自体の成熟性・機能性の 問題から、ヒト安全性予測における確度が保証しにくい状況であった。
最近、Microphysiological systems や 3 次元培養法といった新たな培養法が報告 され、従来の培養系では達成しえなかった、長期培養やより高機能なモデル系にお ける毒性評価が可能となってきた。特に 3 次元培養法については初代培養細胞を用 いた研究が盛んであり、すでに応用性が担保され、試験委託におけるビジネスも成 立している。例えば、初代肝細胞を Spheroid 化し、肝障害予測の感度と特異度を 向上させる取り組みについてはここ数年で極めて盛んに進められてきた。また、オ ルガノイドの応用研究も進んでいる。オルガノイドは、従来の培養細胞やスフェロ イドに比べ解剖学的・機能的に生体内の器官に近い特徴を有する 3 次元的な細胞塊 である。正常組織または疾患組織由来のオルガノイドは、それぞれの特徴を維持す ることも可能である。オルガノイド研究自体は 1960 年代から行われてきたが、近 年の幹細胞研究の進展により大いに活性化している。特にヒト ES・iPS 細胞の樹 立・発見以降、オルガノイド研究の報告数は顕著に増加した。オルガノイドは、自 己凝集化及び自己組織化を経て形成され、in vitro における分化研究が盛んであっ た ES/iPS 細胞との親和性が高い。これまでに肝臓、心臓、腎臓、脳などの主要な 臓器のオルガノイドが報告され、Reverse engineering の観点から発生学や病態メ カニズム研究に貢献するだけでなく、薬効・毒性・薬物動態などの創薬研究や移植 に用いた再生医療への応用も進められている。中でも、肝オルガノイドモデルは、 臨床開発における安全性の担保に着目したトランスレーショナル研究への応用が 期待されている。臨床試験で認められる肝障害は、少数の患者集団または特定の個 人で認められることが多い。いわゆる Idiosyncratic 肝障害である。この Idiosyncratic 肝障害を予測する手段のひとつとして、Clinical trial on dish という 概念が提唱された。様々な背景をもつドナーに由来する iPS 細胞を準備し、薬剤反 応性の相違を各 iPS 細胞間で比較することにより、リスクの高いドナーの特徴を予 測する手法である。すでにコンセプトは iPS 細胞由来心筋細胞で確認されているが、 iPS 細胞由来肝オルガノイドを用いた場合、患者に潜む肝障害に関連したリスク因 子を特定することや、いかなる背景を持つ被験者・患者においても安全な薬剤を見 出すことが可能となると考えられている。また、最近我々は、事前にゲノム情報か ら肝障害リスクの高いドナーを抽出し、そのドナーにおける iPS 細胞由来肝細胞の 反応性が、生体の反応性の一部を模倣する可能性があることを示した。本研究は、 患者のもつ肝障害リスク因子を特定する新たな安全性バイオマーカーの開発に貢 献しうると考えられている。
本発表では安全性応用における最近の in vitro モデルの進捗を共有するとともに、 期待される未来の利用法と課題について議論したい。