医療の個別最適化を図るには、医療の帰結が個人ごとにどう違うかを重点的に解析する必要がある。しかし、一般の臨床研究では、実薬群とプラセボ群のように処置群ごとにどう帰結が異なるかは綿密に解析するが、個人ごとの違いとその違いを生じる原因の探索は、実は初めから重要な検討項目としていない。我々は個人ごとの違いに焦点を当てた新しい方法で、複数の疾患について過去の臨床研究の数百人から数千人に及ぶ個別情報を再解析した。その結果について述べる。
慢性疾患の臨床試験では、一般に疾患発生直後の患者も何十年も経過した患者も試験観察期間を限定して同時に介入し、特定のバイオマーカーの変化を評価する。すなわち、患者の状態、あるいはバイオマーカーにより反応性が異なる可能性は、ほとんど考慮しない。我々は複数のバイオマーカーの値から患者の疾患発生からの数十年に及ぶ経過時間を推定し、その時間軸にそって患者の病態進行速度を背景要因別に推定する新しい方法、SReFT(Statistical Restoration of Fragmented Time course)を開発し、これをアルツハイマー病1、パーキンソン病、そしてCOPD2の個別患者情報に適用した。その結果、疾患の前期あるいは後期で変化しやすいバイオマーカーが識別され、加えて男女、喫煙習慣、遺伝子変異などによる疾患進行速度の違いが明確に示された。特にCOPDにおいては、これまでの臨床試験で重点的に評価に用いられてきたFEV1よりも、生活の質に関連する臨床スコアの方が、より明確に疾患進行と相関した変化を示すことが判明した。
 心不全の患者は、一般にβ遮断薬やACE 阻害薬などによる薬物療法に加えて運動療法が推奨され、薬物療法と運動療法の組合せは個人ごとに異なる可能性がある。しかし、これまで薬物療法と運動療法の交互作用は着目されることがなかった。運動療法をランダムに割り当てた臨床試験(HF-Action試験)の情報を、交互作用を徹底的に重視してコックス比例ハザードモデルで再解析した結果、全死亡に対する運動療法の効果は薬物療法により異なり、特にACE阻害剤の単独療法の場合には他の薬剤と大きく異なり、運動で死亡者が有意に増加することが見出された。ただし、全死亡+全入院を評価項目にするとこの交互作用は消失し、心不全による全死亡と全入院ではリスク因子が異なると考えられた。この結果は、心不全の運動療法は患者の状況を考慮して、十分に慎重に行う必要があることを示している。
 臨床試験の情報は被験者の背景因子がコントロールされており、一般の医療ビッグデータよりも個人差の要因を特定しやすい。本研究は、日本ではまだ十分に認知されていないその再解析の有用性を示すものであり、今後は過去の知的資産を積極的に公開してこのような解析に供し、医療最適化を促進すべきではないだろうか。
References
1. Kawamatsu S, Jin R, Araki S, Yoshioka H, Sato H, Sato Y, Hisaka A. Scores of Health-Related Quality of Life Questionnaire Worsen Consistently in Patients of COPD: Estimating Disease Progression Over 30 Years by SReFT with Individual Data Collected in SUMMIT Trial. J Clin Med . 2020, 9 (8), 2676; https://doi.org/10.3390/jcm9082676.
2. Ishida T, Tokuda K, Hisaka A, Honma M, Kijima S, Takatoku H, Iwatsubo T, Moritoyo T, and Suzuki H; Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative. A Novel Method to Estimate Long-Term Chronological Changes From Fragmented Observations in Disease Progression. Clin Pharmacol Ther. 2019 Feb; 105 (2):436-447.