投与された薬物は一般に、体内に吸収され組織に分布した後、薬効を示し、未変化体のまま、あるいは代謝され体外へ排泄される。この薬物の吸収・分布・代謝・排泄に、薬物代謝酵素や薬物トランスポーターなどの薬物動態関連遺伝子が重要な役割を果たしており、その発現の変動は薬物動態に大きく影響を及ぼす。薬物動態関連遺伝子機能の個人差の要因解明は、薬物治療の個別適正化に重要であることから、これまで遺伝子多型を中心に多くの研究が行われてきた。近年ではこれら遺伝子多型情報は、薬物の投与量設定のための遺伝子多型診断をはじめ、実用化の段階に至っている。一方で遺伝子多型の分布や頻度などの情報が整備されてきたにも関わらず、一部を除いて個別化医療の実現に十分貢献できているとは言い難い。これは、遺伝子多型のみでは説明のつかない個体間変動が残されていることが大きな要因の一つであると考えられる。近年新たな遺伝子機能の変動要因としてmicroRNA(miRNA)が注目されている。miRNA は約22塩基からなる内在性non-coding RNA であり、mature miRNA として部分的に相補的配列を持つ標的mRNA の3‘非翻訳領域に結合し、標的遺伝子の発現制御を行う。miRNAは様々な遺伝子発現を制御している一方で、その発現量は個体間で大きく異なるという報告や、miRNAは血漿中に分泌しており、癌などの場合血漿中miRNA量は癌組織におけるmiRNA発現量の変動に基づいて変化するという報告がある。近年では、複数の薬物トランスポーターがmiRNAにより発現制御されていることが明らかとなっている1), 2)。このことから、薬物動態関連遺伝子を制御するmiRNAをその機能予測バイオマーカーとして応用できる可能性がある。
遺伝子多型をバイオマーカーとすることの利点として、ヒトから採血などを介して容易に採取することが可能なゲノムDNAを用いることが挙げられる。その一方で、miRNAをバイオマーカーとする場合は、解析対象遺伝子が発現する臓器においてmiRNA解析を行う必要があることから、侵襲性の観点から実施が困難である。そこで近年、血液中のexosomeを用いてmiRNAを定量する研究が盛んにすすめられている。しかしながら、これまでのexosome内miRNAをバイオマーカーとする解析は、いずれも血中のtotal exosomeを解析対象としたものであり、薬物動態の主要な臓器である消化管や肝臓におけるmiRNAの発現を反映したものではないと考えられる。これまでに我々は、消化管由来のexosomeを、消化管特異的な膜抗原である糖タンパク質A33(GPA33)を用いた免疫沈降による分離する手法を確立した3)。薬物トランスポーターBreast cancer resistant protein(BCRP)は、miR-328により発現が抑制されることが報告されていることから4)、免疫沈降により分離したエクソソームを用いた臨床試験を実施した3)。その結果、BCRPの基質薬物であるスルファサラジン(SASP)の血中濃度時間曲線下面積はヒト末梢血から得たtotal exosome中のmiR-328量と相関を示さなかった一方で、消化管特異的なGPA33による免疫沈降後のexosome中miR-328量とは正相関を示した。このことから、臓器内における薬物動態関連遺伝子の機能予測にリキッドバイオプシーによる臓器特異的なexosome内miRNA定量が有用な手法となることが示された。
薬物治療を進める上で、経時的変化をとらえるためには、患者の臨床経過を追って頻回の試料採取が可能な血液や体液等のリキッドバイオプシーによって測定できるバイオマーカーが必要である。本研究におけるリキッドバイオプシーの重要な利点は、血液からexosomeを得ることができるため、被験者の同意を得やすく、臨床研究を行いやすいことである。本研究で確立した手法は、他の臓器由来のexosomeの分離とmiRNA定量に応用することが可能と考えられることから、幅広いテーラーメイド医療への展開が期待できる。
1) Hirota T, Tanaka T, Takesue H, Ieiri I. Epigenetic regulation of drug transporter expression in human tissues. Expert Opin Drug Metab Toxicol. 2017 ;13(1):19-30
2) Tajiri A, Hirota T, Kawano S, Yonamine A, Ieiri I. Regulation of Organic Anion Transporting Polypeptide 2B1 Expression by MicroRNA in the Human Liver. Mol Pharm. 2020 ;17(8):2821-2830.
3) Gotanda K, Hirota T, Saito J, Fukae M, Egashira Y, Izumi N, Deguchi M, Kimura M, Matsuki S, Irie S, Ieiri I. Circulating intestine-derived exosomal miR-328 in plasma, a possible biomarker for estimating BCRP function in the human intestines. Sci Rep. 2016 ;6:32299. doi: 10.1038/srep32299.
4) Saito J, Hirota T, Furuta S, Kobayashi D, Takane H, Ieiri I. Association between DNA methylation in the miR-328 5'-flanking region and inter-individual differences in miR-328 and BCRP expression in human placenta. PLoS One. 2013 ;8(8):e72906.