抗がん薬の臨床薬理学的研究においては、薬物の体内動態が測定される。ほとんどの臨床研究においては、アルブミンなどの血漿中蛋白質に結合した結合型と、結合していない遊離形の総和である総血漿中濃度を測定し、その効果や毒性に対する意義を検討する。しかしながら、薬効や毒性に関連するのは遊離形である。演者は、遊離形血漿中濃度を測定して初めて、抗がん薬の効果や毒性と血漿中濃度の関係が明らかとなった2例を経験した。本講演ではそれらについて紹介し、遊離形血漿中濃度測定の意義について述べる。
1.腎機能が低下したがん患者の治療においては、主として肝消失型の抗がん薬が選択される。イリノテカンの活性代謝物であるSN-38は肝消失型である。演者らは前向きな臨床研究を行い、透析を施行中のがん患者におけるイリノテカンの臨床薬理学的な特性を検討した。これらのがん患者においては好中球減少が遷延し、次投与開始が遅延した。SN-38の消失速度は、健常腎患者の約1/10であった (Fujita et al. Drug Metab Dispos. 2011)。SN-38の排泄遅延の原因として、1) OATP1B1によるSN-38の肝細胞への取り込みの尿毒素による阻害、および2) 尿毒症患者の血漿中の物質によるOATP1B1の発現抑制に起因するSN-38の肝取り込みクリアランスが低下、を見いだした(Fujita et al. Pharm Res. 2014)。さらに、透析がん患者における遊離形血漿中濃度-時間曲線下面積(AUCu)は健常腎患者と比較して4.38倍にも上昇することを見いだした(Fujita et al. Pharm Res. 2016)。AUCuの上昇は好中球減少の遷延の一因であり、1) OATP1B1によるSN-38の肝取り込みクリアランスの低下、および2) 尿毒素によるSN-38の蛋白結合阻害を介した遊離形分率の上昇に起因すると考えられた。以上は,肝消失型薬物であれば腎障害患者にも比較的安全に投与できるとする従来の常識が、イリノテカンには全く当てはまらないことを示す世界初の知見である。続いて生理学的薬物速度論モデル解析により、腎機能低下患者におけるSN-38の肝細胞への取り込みクリアランスは健常腎患者と比較して約1/3に減少することを検証し、さらに健常腎の患者と同程度のSN-38の遊離形血漿中濃度プロファイルを得るには、イリノテカン投与量を約1/3に減量する必要があると推算した。
2.レゴラフェニブは転移・再発の結腸・直腸がんの治療に用いられる経口のマルチキナーゼ阻害薬である。添付文書上に記載された投与量は、1日1回160 mgである。レゴラフェニブによる治療においては手足症候群や多形紅斑などの有害事象が発症し、減量や治療中止に至ることがある。本抗がん薬は肝のCYP3Aにより親化合物とほぼ同等の薬理活性を有するM-2に代謝される。M-2はさらにCYP3Aより活性代謝物M-5に変換される。演者らは、薬物動態学に基づいたレゴラフェニブの個別化投与設計の基盤を確立するために、レゴラフェニブと両活性代謝物の総濃度基準のAUCtとAUCuと治療効果や毒性の関係を調べる前向きな臨床研究を行った(Kubota, Fujita et al. Clin Pharm Ther. 2020)。M-2とM-5の血漿中遊離形分率はレゴラフェニブの約10倍であった。Day1におけるAUCtはレゴラフェニブが最も高く、M-2、M-5の順に低かった。しかしながらAUCuは血漿中遊離形分率を反映してM-2が最も高く、M-5が2番目に高かった。レゴラフェニブのAUCuは3化合物中最も低かった。M-2またはM-5のAUCuが全患者の平均より高い患者においては、低い患者と比較して無増悪生存期間が有意に短かった。これらの患者の多くは有害事象により治療が中止となっていた。すなわち、有害事象に起因する治療中止により無増悪生存期間が短くなった。レゴラフェニブの効果や毒性と関連するM-2とM-5のAUCuは、患者の体重と有意に逆相関し、体重に基づいた投与量設定の可能性が示唆された。