【目的】創薬過程で薬物の経口吸収性の予測に繁用される大腸がん由来不死化細胞株Caco-2細胞は、消化管で主要な代謝酵素であるCYP3Aを介した代謝活性がほぼ見られない等、異物解毒系分子の発現がintactなヒト消化管とは異なっていることから、吸収過程に異物解毒系分子を介した制御が関わる薬物の吸収率の評価は困難とされてきた。本研究では、3次元培養された腸管幹細胞より分化した吸収上皮細胞を用いることで、代謝酵素・トランスポーターの寄与がある薬物のヒト消化管吸収特性をどの程度評価しうるかについて基礎検討を実施した。
【方法】手術残余のヒト空腸組織から単離したクリプト領域をマトリゲル中に包埋し、消化管幹細胞の維持に必須な複数の液性因子(Wnt3a,R-spondin 3,noggin)を含む馴化培地中で幹細胞スフェロイドを樹立した。このスフェロイドを酵素処理により分散させ、マトリゲルでコーティングしたカルチャープレート/インサートに播種した。液性因子不含培地を用いて吸収上皮細胞への分化を誘導した後、複数のトランスポーター・薬物代謝酵素のmRNA発現および機能を評価した。
【結果】ヒト空腸幹細胞由来の分化小腸吸収上皮細胞において、代表的な小腸の代謝酵素(CYP3A)および取り込み・排出トランスポーター(PEPT1, P-gp)、小腸細胞マーカー(Sucrase-isomaltase)のmRNA発現量は、播種後5日間までにヒト空腸スフェロイドでの発現量と比較して大きく増加し、少なくとも播種後13日間の培養期間ではヒト空腸組織でのmRNA発現量とほぼ同等であった。また、分化細胞では、小腸で寄与するとされる複数種の薬物代謝酵素(CYP3A, CYP2C9, UGT1A, CES2)および取り込み/排出トランスポーター(PEPT1, P-gp, BCRP)の活性が確認された。さらに、細胞単層を介した吸収方向の透過クリアランスから推定した5種類のCYP3A基質薬物の腸管アベイラビリティ(Fg)の値は、ヒトin vivoにおける Fgの値と良好な相関を示した。
【結論】ヒト空腸幹細胞由来小腸上皮細胞は、薬物代謝酵素およびトランスポーターが基質薬物のヒト消化管吸収に及ぼす影響の定量的評価に有用なモデルとして期待できる。
【参考文献】Michiba K et al., Drug Metab Dispos, 50, 204 (2022)