血液脳関門(BBB)は他の臓器血管と比較して高いバリア性を有しており、基本的に500 Da以上の分子はほぼ100%、低分子の98%を透過しない。これは、脳毛細血管内皮細胞(BMEC)の周囲を壁細胞(Pericyte: PC)が覆い、その外表にアストロサイト(Astrocyte: AC)の終足が接着した特殊な三次元ネットワーク構造に起因する。この細胞間相互作用によりBMECのタイトジャンクションと排出系トランスポーターが発達することで、物質の透過性を抑え、取り込んだ異物を積極的に排出する機構を有している。これがCNS創薬を困難にしている大きな理由である。物質がBBBを通過する経路として1) 脂溶性物質による受動輸送、2) 特定の物質を選択的に通す受容体介在経細胞輸送、3) イオンチャンネル、が知られており、近年注目されているのが2) 容体介在経細胞輸送(Receptor-mediated transcytosis: RMT)である。RMTは、特定のタンパク質やペプチドを輸送するため、ペプチドや抗体、核酸医薬品などのニューモダリティを輸送できる可能性があり、様々な製薬企業のターゲットとなっている。しかし、RMTを評価できるin vitroヒトモデルは存在せず、実験動物が主流となっているが、動物とヒトとの種差が課題である。そこで、RMTを評価可能なin vitroヒトモデルの開発が急務の課題となっている。
我々は、ヒト正常細胞由来株化細胞のBMECとPC、ACを用い、フィブリンゲルを足場として用い、接着促進と構造維持のためにコラーゲンマイクロファイバー(CMF)を用いることで、BMECのチューブネットワークを96ウェル内部に作製できることを報告した。蛍光免疫染色や組織標本解析、遺伝子発現、タンパク質発現解析より、形成されたチューブ構造は実際のBBBに類似したPCやACとの相互作用を有しており、BBBモデルとして薬物毒性試験に有用であることを見出した。さらに、受容体介在性トランスサイトーシス(RMT)評価への応用を目的として開口型BBBチューブネットワークを作製した。
これまで報告してきた開口型毛細血管チューブネットワークの作製方法を改良することで、底面開口型BBBチューブネットワークを24ウェルインサート内部に作製した。インサート下部の培地に蛍光標識デキストランを添加すると、入り口から内部のネットワークに拡散する様子が共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)観察より確認された。また、低分子量体(4.4 kDa)のデキストランを用いると一部透過する様子が観察されたが、高分子量体(500 kDa)のデキストランではそのような漏れは観察されなかった。つまり、分子量に依存して物質の透過を制御できることが明らかになった。本開口型BBBチューブネットワークは、RMTを評価可能な新しいヒトBBBモデルとして期待される。