細胞から得られるラマン散乱光は、タンパク質や脂質などの細胞内分子の分布や量を示し、その細胞の状態を非侵襲・非染色で判別することが可能である。しかし、細胞由来のラマン散乱光は微弱であり、細胞内構造による変動の影響を受けやすい。そのため、ラマンシグナルを用いたラベルフリーな単一細胞の分類を行うためには、細胞の広範囲領域から高感度でラマンスペクトルを得る技術が必要である。
本研究では、高速で振動する2軸ガルバノミラーを介して細胞の広い範囲にレーザー光を照射するPaint式ラマン分光顕微鏡 (Paint Raman Express Spectroscopic system: PRESS)を開発した。得られた散乱光は、CCDカメラで単一の信号として認識される。我々はこのシステムを用いて、ヒトT細胞(Jurkat)の活性化状態を非染色で分類を行った。CD3/CD28抗体で刺激したJurkat細胞の特定の円形領域からラマンスペクトルを測定した結果、活性化された細胞は、いくつかの波数領域において、活性化されていない細胞とは異なる散乱光強度を示した。この細胞由来のラマン信号を機械学習に応用した結果、部分最小二乗回帰(PLS)やサポートベクターマシンにより、94~98%の高精度で分類することができた。また、CD3/CD28抗体刺激時に生じる活性化状態の未知の細胞に対し、機械学習によってその活性化状態の予想が可能であることが示された。
したがって、Paint式ラマン分光顕微鏡は、細胞内の広い範囲からラマン散乱光を高速で取得することができ、活性化状態を高精度に判別することが可能となった。この技術は非染色で単一細胞の解析が可能であり、将来的には低コストな創薬スクリーニングや細胞管理技術への応用が期待される。