【目的】
近年、抗菌薬の安定供給上の課題が、細菌感染症治療の選択肢を狭める深刻な世界的問題となっている。日本においても、 海外での製造上のトラブルに起因し、βラクタム系抗菌薬の安定的な供給が長期にわたり滞る事案が発生した。本研究では、日本における抗菌薬の生産・供給に関与するステークホルダー間の関わりに着目し、抗菌薬の生産・供給管理体制維持における脆弱性を特定することを目的とする。
【方法】
システム理論に基づく事故モデル(System-Theoretical Accident Model and Process: STAMP)を用いて、抗菌薬生産・供給管理体制維持に関する概念モデルを構築した。医薬品生産・供給に関わる各種資料及び事例を参照し、STAMPに基づくシステムのハザード要因分析手法(Systems-Theoretic Process Analysis: STPA)に従い、分析対象となるシステム、アクシデント、アクシデントにつながるハザード、ハザードに関連した安全制約を定義した。また、概念モデル構築にあたり、ステークホルダーを対象としたインタビュー調査を実施した。インタビュー対象者はスノーボールサンプリングにより抽出し、1時間半程度の半構造化面接によりデータを得た。インタビュー内容から、STAMPの概念に基づき、安定供給維持に関わるプロセスの管理状況を示すコントロールループを作成し、非安全なコントロールアクション及び非安全なコントロール原因の特定を行った。関連分野の専門家のレビューを経て、抗菌薬の安定供給が維持できない状態に繋がるシナリオを特定した。
【結果・考察】
現時点で、市場の需要に応じた抗菌薬生産・供給管理体制維持に対するリスクが、生産計画を遂行するための原材料やリソースの確保、生産継続のためのインフラ維持、生産計画の立案と遂行に関わる経営判断の3つの領域でそれぞれ特定された。特に、βラクタム系抗菌薬に特有な規制要件や薬剤特性が、一部のコントロールループにおいて抗菌薬の安定供給リスクを増大させている可能性が示唆された。
【結論】
日本における抗菌薬の生産・供給管理体制維持を担うシステムにSTAMPを応用することで、安定供給維持におけるシステムの脆弱性を明らかにした。感染症治療に必須である抗菌薬を、需要に応じて供給維持できる体制を整えていくためには、リスクポイントを踏まえたうえで、各ステークホルダーが協働していくことが求められる。