トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd、販売名エンハーツ)は、human epidermal growth factor receptor type 2(HER2)に対するヒト化モノクローナル抗体とトポイソメラーゼI阻害剤(DXd)を、リンカーを介して結合させた抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate:ADC)で、HER2の発現した乳癌や胃癌などを対象として、日本を含む世界各国で承認されています。
T-DXdでは、開発初期よりModel-informed drug development(MIDD)が活用されました。第I相試験の初期段階から薬物動態や曝露と有効性(全奏効率や腫瘍サイズ)・有害事象の関係をモデル化し、薬剤の特性の理解の助けとしました。乳癌患者での用量の最適化では、第I相試験(NCT02564900)のデータからシミュレーションを行い、十分な薬効が得られ忍容な用量として5.4 mg/kgと6.4 mg/kgを見出し、検証試験(NCT03248492)の中間解析でのモデルを用いた検討よりベネフィット・リスクバランスがより優れた5.4 mg/kgを選択しました。
一方、胃癌患者では乳癌患者とは異なる用量を選択し、この際にもMIDDが用いられました。多くの薬剤では、ひとつの癌腫で決定した用量を他の癌腫にも適用します。しかし、第I相試験における乳癌患者と胃癌患者から得られたデータを併合して解析したところ、胃癌患者に6.4 mg/kgを投与した際の曝露は、乳癌患者に5.4 mg/kgを投与した際と同程度であることがわかりました。また胃癌患者への6.4 mg/kg投与は、曝露-反応モデルによる検討で5.4 mg/kg投与と比較して高い有効性が期待できる上、忍容性に問題がないこともわかりました。これらの結果から、最終的に胃癌では6.4 mg/kg投与を用法用量として設定しました。
MIDDは医薬品開発の強力なツールであり、薬のプロファイルの理解を深める助けとなります。T-DXdの開発では、開発の初期段階からMIDDを実践することで、癌腫に合わせて用量の最適化を行うことができました。今後の抗癌剤開発においてもMIDDは有効なアプローチであると考えられます。