人体の設計図であるところのヒトゲノムが読み解かれたことで新薬開発は急速に進展した。それが現在のがん・免疫疾患など難治性疾患の薬物治療となって結実しているが、一方では新薬を創出するための「標的の枯渇」が急速に迫っており、さらに動物モデルでは有効であっても臨床試験で有効性を見いだせない「死の谷」といった深刻な問題に直面することになった。こうした創薬の壁を突破する試みとして、私は患者の診療記録を活用した「臨床エビデンスに基づく創薬」を最近、提唱してきた。 ヒト病態モデルを実験動物で作成するとき、薬理学では古くから医薬品の副作用を利用してきた。これはその病態の表現型や発症メカニズムにヒトにおける自然発症疾患との共通性が見い出されるからである。一方で最近、副作用の自発報告やレセプトなど、大量の実臨床データ(リアルワールドデータRWD)が入手可能になり、これらを統計学的に解析することによって例えば患者で実際に起こった有害事象の発症率を解析したり、その発症に影響する交絡因子(例えば併用薬)を時系列から正確に見い出すことが可能になった。そのような薬理学的な薬物相互作用は直ちにドラッグリポジショニングに繋がるのみならず、有害事象発症メカニズムの解明、さらには新たな創薬標的分子の発見に研究の展開を可能にする。何よりも、ヒトのビッグデータ解析から得られる仮説は臨床予測性が極めて高いことが期待できる。 ここではRWD解析をどのように創薬標的の発見に結びつけるか、これまでに報告した中から研究例を紹介しつつ、将来的に利用可能となる電子カルテなどのRWDまで見据えた新しい研究ストラテジーと展望を紹介するとともに、陥りやすい問題点など経験的にわかってきた最新の情報をお伝えする。