生活習慣病を含む多くの疾患において、運動療法の有用性に関するエビデンスが蓄積している。一方、薬物治療を受けながら身体運動を行う場合、薬物動態や薬理作用の変動についても考慮する必要がある。多様な疾患を抱えながらスポーツを楽しむ人々が増えている現在、身体運動と薬物療法の関連についての正確な情報を提供することが重要である。スポーツにおいて禁止されている薬物などを用いて、不正な手段で競技力を向上させようとする行為をドーピングと言うが、アスリートの中には、不適切な情報を基に、日常診療で使用されている治療薬を用いて、用量・用法を無視した薬物ドーピングをする人もいる。このことはスポーツ界だけでなくパブリックヘルスに関わる医学的・社会的な問題でもある。従って、最新の医学・薬学研究を通して、新規生体内物質あるいはその修飾薬の作用機序を探索し、競技能力を向上させる可能性を予測して薬物の不正使用を抑止したり、新たなドーピング分析手法を開発することによって、アスリートの健康を守ることが求められている。例えば、近年急速に発展している遺伝子治療はドーピングに悪用される可能性があり、検出方法を含めて研究が進められている。事実、東京2020オリンピック・パラリンピックでは、PCR法を用いた遺伝子ドーピング検査が初めて行われたことが報告されている。また、赤血球を増加させ酸素運搬能を増強するために、腎性貧血治療に用いられる合成エリスロポエチンがドーピングに不正使用されてきたが、内因性エリスロポエチン産生を促進するプロリン水酸化酵素阻害薬が上市され、これらの薬物に対する新たな検出法が検討されている。さらに、ドーピング検査におけるアスリートの負担を軽減するために、乾燥血液スポットを用いた微量かつ高感度の分析技術の開発も行われている。
臨床薬理学に関わる多くの領域から得られる研究成果は、スポーツにおける国際的な課題であるドーピング問題の解決に大きく貢献すると考えられる。こうした研究を通して得られた知見は、日常生活において服薬をしながらスポーツを楽しむ人々の健康にとっても有用となることが期待される。