これまで我々は、レニン・アンジオテンシン系のコンポーネントとして同定された(プロ)レニン受容体の役割について検討を進めてきたが、遺伝子がATP6ap2でコードされており、Wnt/β-cateninシグナル経路の活性化に関わることが報告された(Science 2010)。そこで、Wnt/β-cateninシグナルの活性化が関わる癌との関連を検討すると、いくつかの癌種ではATP6ap2が過剰に発現しており、Wnt/β-cateninシグナル経路の活性化を介して病態に密接に関わっていること、特に膵癌の患者では血中の可溶性ATP6ap2濃度が早期から上昇することや、マウス担癌モデルや培養細胞においてATP6ap2 siRNAが癌細胞の増殖を抑制することも明らかとした(Sci Rep. 2015)。さらに、ATP6ap2に対する抗体を用いた癌治療の開発に着手し、培養ヒト膵癌細胞の増殖能を抑制するモノクローナル抗体を特定し、胆癌モデルマウスの実験によって有意に腫瘍増殖を抑制することを証明した (Mol Cancer Ther. 2020)。さらに、同様の結果が肝癌や脳腫瘍モデルでも確認できた(J Neurosurg.2017, Cell Commun Signal. 2020, Sci Rep 2022)。一方で家族性大腸腺腫症はAPCの遺伝子変異によりWnt/βカテニン系の活性化を生じて100%大腸がんを発症するため、20歳頃での大腸全摘出術が唯一の標準治療である疾患であるが、治療薬はない。患者に対して抗体薬を一生投与し続けることは現実的ではないことから、我々は侵襲・医療コストの両面で大きく負担を軽減できる新規ペプチドワクチンの開発を目指している。2017-2019年度AMED ACT-MSでは、モデルマウスを用いた探索研究を実施し、試作ワクチンが明らかな副作用を生じることなく著明にポリープの増殖を抑制して死亡率を改善することを明らかとした。また、2021年度にはAMED橋渡し研究・シーズpreBの採択を受け、サルの予備試験を実施してプロトタイプのワクチンによる有意な抗体価の上昇、ならびに家族性大腸腺腫症患者腺腫でのATP6ap2発現の亢進を実証し、RS戦略相談により非臨床試験項目を決定した。2023年度からはAMED橋渡し研究・シーズBの採択を受けて非臨床試験を実施し、第I相臨床試験の準備を行う計画である。本研究シーズの早期臨床応用により、家族性大腸腺腫症における癌発症の予防、ならびに大腸の全摘術の回避による患者QOLの劇的な改善もたらすものと期待している。https://www.amed.go.jp/koubo/16/01/1601C_00044.html