【目的】
経口血糖降下薬の一つであるリナグリプチン(LNG)の体内動態は複雑な非線形性を示す。ヒトにおいてLNG投与量の増加に伴い腎クリアランスが上昇する非線形性が観察されているが、血漿中非結合形分率の上昇によるメカニズムに加えて、尿細管における再吸収過程の飽和も関与する可能性が示唆されている。1)本研究では、LNGの詳細な腎排泄過程を組み入れた生理学的薬物速度論(PBPK)モデルと、強力なパラメータ推定法であるcluster Gauss-Newton法 (CGNM)2)を用いて、再吸収過程の飽和を含む非線形性を説明可能な候補解を得ることを目的とした。
【方法】
血中可溶型DPP-4(sDPP-4)と、臓器・組織における膜貫通型DPP-4(tDPP-4)へのLNGの結合を考慮したPBPKモデルを構築した。tDPP-4の臓器間発現量比は動物データ3),4)から推定した。腎臓についてはMechanistic Kidney Model 5)をもとに構築し、DPP-4介在性のLNG再吸収の可能性を検討した。0.5, 2.5, 5.0, 10 mgのLNG静脈内投与後の血中濃度および尿・糞中累積排泄量データに対してCGNMを用いたフィッティングを実施し、多数のパラメータを同時に推定した。
【結果・考察】
CGNMにより、既報1)よりも実測値の再現性が更に高い多数の候補解が得られた。LNGとDPP-4との結合・解離の速度定数、 sDPP-4発現量、腎臓におけるDPP-4介在性のLNG再吸収クリアランス(CL reab)等が感度の高いパラメータとして得られた。CL reabの値は既報1)と比べて大きく推定されたが、腎臓部位ごとのDPP-4発現量を考慮したことで、相対的に近位尿細管でのLNG再吸収が起こり易いモデルとなったためと考えられる。
 【結論】
腎臓部位ごとにDPP-4介在性のLNG再吸収を考慮したPBPKモデルを用いることで、実測値を再現可能な候補解を得ることができた。今後はモデル解析とin vitro/in vivo実験を組み合わせることにより、詳細なメカニズムを明らかにしていきたい。
【References】
1) Sarashina A et al., J Pharm Sci., 109:2336-2344, 2020; 2) Aoki Y et al., Optim Eng., 23:169-199, 2022; 3) Fuchs H et al., Biopharm Drug Dispos. , 30:229-240, 2009; 4) Nistala R., Am J Physiol Renal Physiol., 312: 661-670, 2017; 5) Nishiyama K et al., CPT Pharmacometrics Syst. Pharmacol., 8:396-406, 2019