【目的】X連鎖性副腎白質ジストロフィー (X-ALD) は,ペルオキシソームへの極長鎖脂肪酸 (VLCFA) 輸送に関与するABCD1タンパク質をコードするABCD 1遺伝子の変異に起因する稀な遺伝性神経変性疾患であり,血中や種々の組織において,主としてC26:0のVLCFAの増加,蓄積を認める.遺伝子変異及び血液中のVLCFA濃度はX-ALDの診断に利用されているが,必ずしもそれらとX-ALDの病型や重症度及び表現型は相関しないことが知られている.そこで本研究では,病態メカニズム解明及び新規バイオマーカー探索を目的に,これまで十分に解析されてこなかったX-ALD患者由来の脳脊髄液 (CSF) におけるVLCFA含有脂質プロファイルを評価することにした.【方法】X-ALD患者と健康成人から採取されたCSFを用いてVLCFAを含む脂質クラスのリピドミクスを液体クロマトグラフィー‐質量分析 (LC-MS/MS) により行った.【結果・考察】リピドミクスの結果から,X-ALD患者由来のCSFではVLCFA含有ホスファチジルコリン (PC) であるPC 44:4とPC 46:4などの分子のシグナルが強く検出され,対象とした健康成人由来のCSFではこれら分子のシグナルは検出されなかった.加えて、定量的にCSF中リゾホスファチジルコリン (LPC) 26:0濃度を測定した結果,X-ALD患者由来のCSF中LPC 26:0濃度は健康成人よりも8倍程度高かった.【結論】LC-MS/MSに基づくリピドミクスのアプローチにより,X-ALD患者由来CSFにおけるVLCFA含有PCやLPCなどの脂質分子濃度が健康成人よりも高いことを初めて明らかにした.X-ALD患者では脳組織中で,VLCFA含有PCの濃度が増加していることが報告されているため,今回同定されたCSF中のVLCFA含有PC及びLPC濃度は脳内のVLCFA含有PCの増加を直接反映している可能性があり,X-ALDの新規バイオマーカーとなり得ることが示された.今後、検体数を増やして解析する必要がある。