【目的】薬の乳汁移行性に関する情報は、母乳育児を希望する患者にとって重要であり、milk-to-plasma(M/P)比は乳汁移行性を評価する指標の1つとして用いられる。M/P比を予測する試みは1980年代より報告されているが、データセットのなかに血中および乳汁中薬物濃度の曲線下面積(AUC)で評価されたM/P比(M/PAUC)と特定のサンプリングタイミングのみで評価されたM/P比(M/Pconc.)が混在する問題がある。本研究は、既報のM/P比データのキュレーションを行い、定量的構造活性/物性相関(QSAR/QSPR)を用いて、M/PAUCを対象とした薬の乳汁移行予測モデルを構築することを目的とした。さらに、M/Pconc.のみが報告されている化合物を対象として、構築した予測モデルを用いたM/PAUCの予測を試みた。
【方法】原著論文からヒトM/P比のデータを収集した。収集したデータはキュレーションを行ったのち、M/PAUCのデータを抽出してM/PAUC≧1とM/PAUC<1に分類した。化合物の化学構造式から記述子を算出し、人工ニューラルネットワーク(ANN)とサポートベクターマシーン(SVM)の機械学習手法を用いて2種類の二項分類モデルを構築した。また、構築したモデルを用いて、M/Pconc.のみが報告されている化合物のM/PAUCを予測した。モデルの構築および予測にはADMET Predictor 10.3とADMET ModelerTMを用いた。
【結果・考察】403化合物におけるM/P比のデータを収集した。そのうちM/PAUCのデータが得られたのは173化合物、M/Pconc.のみのデータが得られたのは230化合物であった。構築したANNモデルにおける感度はトレーニングセットで0.82、テストセットで1.00であった。一方、SVMモデルにおける感度はトレーニングセットで0.92、テストセットで0.71であり、いずれのモデルも高い精度が得られた。また、M/Pconc.のみが報告された化合物のM/PAUCを予測したところ、M/Pconc.≧1と報告された68化合物のうち、いずれのモデルでもM/PAUC≧1と予測されたのは22化合物であった。一方、M/Pconc.<1と報告された145化合物のうち、いずれのモデルでもM/PAUC≧1と予測されたのは4化合物であった。
【結論】QSAR/QSPRによる精度の高いM/PAUCの予測モデルを構築することができた。本研究で構築した予測モデルは、代謝物を含めた薬の乳汁移行性を迅速に評価するためのツールの一つになると考える。