演者が臨床薬理学に従事するのは、比較的長い小児科臨床経験を経てからである。日本小児科専門医取得後、研修体制がより整っていたアメリカでの臨床トレーニングを受ける中で、シカゴ大学附属小児病院小児集中治療部フェローでの経験が契機となった。日本よりはるかに使用を躊躇わない臨床現場でオピオイドなどの鎮痛剤・鎮静剤を使用する中で、人種のるつぼであるアメリカで患者間の著しい薬剤反応の個人差を目の当たりにしながら、進んでいるはずのアメリカにおいてさえ、その対処のための科学的エビデンスに基づいたシステマティックなアプローチはまだ存在しないことを知った。その時偶然、成人を対象とするシカゴ大学医療センターでは世界に先駆け、個々人のファーマコゲノミクス情報を臨床に応用するトランスレーショナル研究が行われていることを知り、その研究グループに加わらせていただくこととなり、その間、基礎となる臨床薬理学も体系的に学ぶ臨床薬理のフェローシップも修了し、アメリカ臨床薬理専門医資格の取得に繋がった。修了後の次のステップの選択には、トランスレーショナル研究をしている際に痛感した、臨床応用の前の基礎研究レベルでのファーマコゲノミクスのエビデンスの不足部分を自分でも研究していきたいとの気持ちから、現在の研究所のポジションを紹介され、今に至る。そう振り返ってみれば、私の場合、最初から戦略的に、自身のキャリア形成や女性医師としてのアイデンティティを主眼に置いた選択は一切しておらず、常にその時々に必要性を感じ、したいと思った選択をした結果が現在であるようだ。真の多様性を受容することがゴールであれば、キャリア形成における万人に共通の必須条件は存在しないと考えるが、この純粋な個人的興味と社会的ニーズが合った一連の経験が良い1例となり得るかどうかは、結果的に将来より良い患者治療に繋がっているかどうかに尽きると思うため、現時点ではまだその道半ば、である。