内視鏡技術の進歩に伴い、大腸ポリープに対する内視鏡的粘膜切除術(EMR)に加え、早期の消化管がんに対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)も広く実施されている。これらの手技は侵襲性が低いものの、術後の消化管出血が生じうることが知られており、さらに近年増加の一途を辿る抗血栓薬の併用により、消化管出血リスクが増加する可能性がある。このような背景を受けて、2012年(2017年追補)に日本消化器内視鏡学会から抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドラインが出されている。ここでは、患者の血栓リスクと手術手技の出血リスクに応じて休薬期間の推奨が為されており、血栓イベントリスクの高い症例において出血高危険度の内視鏡的処置を実施する際には、処置前日まで直接作用型経口抗凝固薬 (DOACs) 内服を継続し、処置当日の朝のみを休薬、翌日朝から内服を再開することが推奨されている。DOACsの出血リスク因子についても情報が集積されつつある。例えば、治験データを用いたDOACsの曝露/応答解析から、血中薬物濃度または血中薬物濃度-時間曲線下面積が出血症状や血栓塞栓症の発現頻度と相関することが報告されている。DOACsは小腸や肝臓、腎臓に発現する薬物排出トランスポーターにより体外へ排泄され、小腸や肝臓に発現する薬物代謝酵素により代謝される。したがって、これらのタンパク質がDOACsの体内動態を規定する主要因子と考えられるものの、これらのタンパク質の遺伝子多型が薬物動態に及ぼす影響については不明な点が多い。我々はこれまでに、心房細動患者を対象としたDOACsのpharmacokinetics-pharmacodynamics-pharmacogenomics研究により、アピキサバンの薬物動態に薬物代謝酵素CYP3A5と薬物排出トランスポーターABCG2の遺伝子多型が関与することを示してきた。さらに現在、ESDやEMRなどの内視鏡手術患者を対象とした臨床研究を展開し、リスク要因の同定を進めている。以上、本講演では、DOACsの薬物動態学的特徴を中心として、消化器領域におけるpharmacogenomicsの重要性について概説する。