クローン病や潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患では新たな治療選択肢が次々と実用化されている。しかしこれらの新規治療の大部分は有効率・寛解率に大きな違いが無く、治療反応性も患者個人でさまざまである。そのため、新たな治療は過去の治療にとって代わるものではないため、各患者に適切な治療をより早期に導くことが重要となる。現時点で、各種薬剤を選択する明確なバイオマーカーは存在していないため、各医師・患者で治療選択方法は異なっている。Pharmacogenomicsは、このような多数の治療から適切な治療を選択する個別化医療の実現に重要な一つの要素と考えられ様々な検討が行われてきた。しかしながら、治療効果、継続率などと強い相関を示し臨床の現場で活用できるような遺伝的マーカーの発見には至っていない。これは、これらの治療予後の多くが遺伝的素因以外の要素である病態や併用薬、治療歴、アドヒアランスなどの臨床的な要素の影響を強く受けるためである。一方で、より薬物動態に直接強くかかわる因子、例えば血中トラフ値、抗薬物抗体の産生、用量依存性の副作用などに関連する遺伝的背景の存在はよく知られている。NUDT15遺伝子多型検査はその一つであり、アザチオプリンおよび6-メルカプトプリンからなるチオプリン製剤の全脱毛や白血球減少を予測する検査として、日本で実用化されている数少ないPharmacogenomics検査として知られている。2019年2月の実用化後、実際にこの検査がチオプリン治療の予後を改善しているか全国49施設で診療目的にNUDT15遺伝子多型検査が行われた症例1509例と、遺伝子検査なしで過去に始めた症例1206例について後ろ向きに調査を行い検討した。その結果、チオプリン投与開始後2年間での治療継続率は遺伝子検査をしないで始めた症例と比較して有意に遺伝子検査を行った群で高いことが確認された(p=0.0003)。しかしNUDT15遺伝子多型はチオプリンという一つの薬剤の治療選択には重要であるが、多数ある炎症性腸疾患の治療薬の1つにすぎないため、Pharmacogenomicsの活用は限定的と考えられてしまう。しかし、チオプリンを使えるかどうかで、たとえば、チオプリンの併用が望ましい薬剤とそれ以外の選択順位が変わる可能性があるなど、他の治療の選択にも大きな影響がある。そこで、実際の炎症性腸疾患治療選択におけるPharmacogenomicsの活用と戦略についてまとめる。