がん薬物治療の進歩により、がん患者の予後が改善し、がん化学療法や分子標的薬治療を受ける患者数が増加している。一方で、がん化学療法施行時には、悪心・嘔吐、腎障害、心機能障害、末梢神経障害などの多岐にわたる有害事象が高頻度に起こる。中でも、抗がん剤誘発急性腎障害はがん治療の遂行を妨げ、がん患者のQOLを低下させる。近年、がんと腎臓病の連関が重要視されるようになり、腫瘍学-腎臓病学を融合した「Onco-nephrology」という新領域が注目されている。腎機能が低下した患者では、腎排泄型抗がん剤の投与制限が必要となることに加えて、腎機能低下自体が抗がん薬による急性腎障害 (acute kidney injury; AKI) 発症のリスク因子となる。さらに、AKI発症の既往は将来的な慢性腎臓病 (chronic kidney disease; CKD) 発症のリスク因子となることから、抗がん剤による薬剤性腎障害のコントロールは、患者のQOL向上、治療継続、予後改善のための重要な課題であると言える。現在、臨床では日本腎臓学会等により発表された「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン2016」などのガイドラインに従って適切な治療が行われているにも関わらず、約30%の患者で腎障害が発生していると言われている。現状の予防法では、完全に抗がん剤誘発腎障害を抑えることはできないため、新たな予防法や予防薬の開発が求められている。近年、レセプトデータベースや有害事象自発報告データベースなどの医療ビッグデータを用いた研究が注目されている。臨床における多様な患者層・様々な因子を内包する医療ビッグデータを用いた網羅的な解析により、様々な薬剤性副作用に対する併用医薬品の実臨床での影響を解析することができる。しかし、医療ビッグデータ解析の結果だけでは因果関係を明確に示すことは難しい。そこで我々は基礎研究や後方視的観察研究を用いて、医療ビッグデータ解析で見出した結果を検証することによって、より確からしい結果を選別し、臨床応用可能性の高い予防法の開発に繋げることを目指した。本シンポジウムでは、がん薬物治療に伴う急性腎障害について概説するとともに、大規模医療情報データベースや遺伝子発現データベースを用いたビッグデータ解析、基礎研究、後方視的観察研究を融合した新しい研究手法を用いた抗がん剤誘発腎障害に対する新規予防法の開発研究によって得られた成果を紹介する。