ゲノム医療とは、個人のゲノム情報を調べることで、より効率的もしくは効果的に疾患の診断、治療、予防を行うことです。ゲノム医療の対象は、主に二つに分けられます。一つが生まれもった遺伝子の多様性の違い、例えば一部の難病や遺伝性腫瘍など単一の生殖細胞系列遺伝子の変異が原因となる疾患に対する診断や予防医療です。もう一つが、がん組織を用いて多数の遺伝子を同時に調べ、検出された体細胞遺伝子異常に適した治療などを行う医療です。例えばがんの発症に関わると考えられている数百種類の遺伝子を一度に調べて、遺伝子の異常を見つけ出す検査をがん遺伝子パネル検査といいます。これらの検査は遺伝子異常の種類別に的を絞った治療薬の開発や治療選択に用いられています。また人種によって、検出される体細胞遺伝子変異の分布や頻度に差が認められており、日本人に適したパネル検査が重要です。今までの報告で、国立がん研究センター中央病院で行われたがん遺伝子パネル検査の臨床試験(TOP-GEAR)では、治療に関わる遺伝子異常が約50%で認められ、実際に遺伝子異常にマッチした治療薬が投与されたのは全体の約10~15%と既報と同等の結果でした。以上より、さらなる新規がん関連遺伝子の選定や新たな治療法の探索が求められています。一方で、全ての遺伝子のたん白質をコードするエクソン領域(全ゲノムの約1%の領域)を対象とした全エクソン・ゲノムシークエンス解析をがん診療に実装する動きが出ています。患者さんから得られるがん組織試料に限りがあることや診療上必要となる遺伝子変化の情報が患者さんで大きく異なることから、解析対象遺伝子に制限のない全エクソン・ゲノムシークエンス解析を実装することが理想的です。しかしながら、得られるゲノム情報は膨大であり、解析に必要な計算資源や簡便性、また検査の質的保証が既存のパネル検査に比べて劣るため、すぐに医療実装できる段階にはありません。そこで、がんの全ゲノムシークエンス解析をまずは研究として開始し、その結果を患者さんに還元するとともに研究開発に利活用するという国家プロジェクトが始まっています。本シンポジウムでは、現在のゲノム医療の状況と国が進めている全ゲノム解析の今後の展望について紹介します。