近年,新薬開発で採用されているModel Informed Drug Development (MIDD)アプローチは,化合物や疾患に関する非臨床と臨床の枠組みを超えた様々な情報やナレッジをモデルというプラットホーム上での統合を可能とし,病態や薬剤のプロファイル及び影響する背景因子(共変量)を明らかにするだけでなく,それまでに得られたデータを統合解析するだけの後向きの解析戦略から,モデルに必要な情報を開発の各段階で計画的に取得するという前向きの解析戦略へのパラダイムシフトをもたらした。しかしながら,計画的なデータ収集をもってしても収集可能なデータには限界があるため,臨床開発の各ステージで都度更新・拡張し続けるモデルには,過去のデータや類薬の臨床経験より経験的に従うと考えられるモデル,もしくは生理学的・薬理学的なメカニズムの模倣,あるいはそれを簡略化したモデルのように周辺情報を考慮したものを用いる必要があった。
一方,人工知能(AI)として注目され最近急激に応用が進んでいる機械学習の手法では,多くのデータからアウトカムを高精度に予測するためのモデルをコンピュータに構築(学習)させている。その際にモデルの前提条件となるような周辺情報は必ずしも必要でないが,ここで学習と呼ぶモデル構築には通常いわゆるビックデータと呼ばれるような大量のデータが必要である。限られたデータと周辺情報を考慮してモデルを構築しているMIDDと,大規模データを用いて精度の高い予測を行おうとする機械学習には,その前提に大きな隔たりがある。この前提の違いがMIDDを含む新薬開発に機械学習を応用するにあたっての障害となっていると考えられる。
本講演ではAI技術のMIDDへの実装に向けた課題への取り組みと,今後の展望について述べる。