近年、高速なハードウェア及びビッグデータが利用できるようになったこともあり、人工知能の中でも深層学習の発展が著しい。なかでも最近注目されている深層学習の一つにイアン・グッドフェローらが2014年に発表した敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Network:GAN)がある。GANは「生成器」及び「識別器」の2つのモデルから構成され、生成器は本物と似たようなデータを生成し、識別器は生成器が生成したデータが本物か偽物かを判断する。この2つのモデルを競わせて学習させることで、似て非なるデータを生成することができる。GANは、画像生成の分野で広く利用されている。一例として、低い解像度から高い解像度の画像の作成、雰囲気の異なる別の画像の作成、文章に基づく画像の作成、フェイクニュース等で話題になるような実際には存在しない動画を作成するなどの活用事例があげられる。このようにGANでは、従来の角度や色を変えたりすることに留まらず、データの特徴を学習し擬似的なデータを新たに生成できるため、深層学習の訓練データを補う技術としても注目されている。
 一方、医薬品開発に用いられるシミュレーションは、限られた臨床試験データに基づき、被験者背景情報はサンプリング又は確率分布モデルを仮定して発生させ、また血中濃度データは母集団薬物動態モデルを用いて予測する手法が汎用されている。一般に、第1相試験では被験者数が少数例であり、特に小児を対象とした臨床試験では例数及び血中濃度測定時点ともに限られ、そのようなデータを用いて後期試験(第2相及び/又は第3相試験)で対象となる患者での薬物動態プロファイル(薬物動態に及ぼす影響因子を含む)を精度高く予測することは難しい。そこで、臨床開発を想定した少数例の臨床試験データに基づき、GANを活用することで、多数例の被験者背景情報及び血中濃度データを精度高く生成できるのか、検討を続けている。実際、GANを用いて臨床データの欠測を補間する報告があり1,2)、医療分野でのGANの応用が検討されている。本演題では、GANの基本的な説明をし、現在進行中の検討を紹介した上で、臨床薬理領域への適応に向けた今後の展望について述べたい。
1) Dong W, et al. BMC Med Res Methodol. 21:78 (2021).
2) Traynor C, et al. J Pers Med. 11:1356 (2021).