AMED難治性疾患実用化研究事業では、「『希少性』『原因不明』『効果的な治療方法未確立』『生活面への長期にわたる支障』の4要件を満たす希少難治性疾患」を対象に、「病因・病態の解明、画期的な診断・治療・予防法の開発を推進することで、希少難治性疾患の克服」が目指されている。病因解明や診断・治療・予防法の開発は、疾患に苦しむ人々にとって大きな福利となる可能性がある。一方で、高額な治療費をめぐる医療政策上あるいは医療資源配分の問題をはじめ、医療上の進歩に伴い新たなELSI(倫理的・法的・社会的課題)も生じさせる。報告者らは、希少難治性疾患の医療・研究開発におけるELSIを様々なステークホルダーの立場から抽出する研究の一環として、希少難治性疾患の医療・福祉従事者や医学研究者(以下、専門家)に聞き取りを行った。その際、専門家といっても対象疾患や立場が幅広いこと、また、インタビュイー自身が必ずしも問題をELSIとして対象化できているとは限らないと考えられた。そこで本インタビューでは、希少難治性疾患の医療・研究開発における一般化可能なELSIを導くことよりも、一人ひとりの専門家が自身の活動の中で実際に感じている主観的な課題、さらには課題として認識するに至る前の「もやもや」を掘り下げることに重点を置き、そこからELSIの種を拾い上げることを目的とした。対象者は研究分担者を介しスノーボウルサンプリングで集め、なるべく多様な立場の専門家が含まれるよう心がけた。2021年8月~2022年1月に7件8名にインタビューを行った(非構造化面接、オンライン、口頭同意取得)。対象は、医学研究者2名、医師4名、福祉関係者1名、認定遺伝カウンセラー2名、倫理審査委員会委員1名、政府審議会経験者2名であった(重複あり)。インタビューからは、研究としての実施から臨床応用に至る過程の問題(研究対象者数の制限、研究後の治療費の問題、研究対象にならない疾患)、研究開発が進むことで必然的に増加する医療的ケア児への福祉・支援不足、研究助成政策上の課題、希少疾患とコモン・ディジーズの対比の意味、ゲノムリテラシーの重要性、高額治療薬と適応患者の選択、治療法がない疾患の遺伝カウンセリングの困難感、と多岐にわたる要素が挙げられた。一人ひとりの経験に根ざした語りの中から、希少難治性疾患の医療・研究開発の「克服」を考えるに当たって検討すべきELSIの種が見いだされた。