【目的】
各国の資金提供機関、医薬品開発企業、希少疾患患者コミュニティからなる国際希少疾患研究コンソーシアム(IRDiRC)は、ELSIワーキンググループを組織し、各国が取り組むべき希少疾患に関するELSI課題を整理している(Hartman et al.2020)。希少疾患の研究開発はありふれた疾患と比較してより複雑な倫理的・社会的な課題をはらんでおり、リスクやプライバシーについて繊細な配慮が必要であるとされている。本調査では、IRDiRCが整理した希少疾患のELSI課題リストを基に、日本国内のステークホルダーを対象として探索的なインタビュー調査を実施し、国内のELSI課題を抽出・分析する事を目的としている。
【方法】
2021年11月から2022年10月にかけて、日本におけるELSIに関する認識や概念を探るため、希少疾患研究のステークホルダー(患者団体、研究者、企業:N=9)を対象に半構造化インタビュー調査を実施した。音声記録をスクリプト化し、MAXQDAを用いてコーディング分析を行った。
【結果】
質的分析の結果、日本におけるELSIの希少疾患の課題に関して、いくつかの重要な分析軸が明らかになった。1つの側面は、希少疾患によって生じる困難が、患者と研究開発の関わりにおける倫理的な課題を強めている事である。また、希少疾患の治療機会の欠如や患者の社会的脆弱性は、患者や家族の極端な利他主義や臨床試験のリスクを過小評価する傾向とも関連している。これらの結果は、患者が臨床試験に治療効果を期待する傾向がある「研究と治療の誤解」に対処するために、希少疾患特有の配慮が更に考慮されるべきである事を示唆している。
【結論】
本研究を通じて、IEDiRCが整理した国際的な希少疾患のELSIの課題と、国内の課題を整理し比較検討した。国内における患者・家族の十全なPPI/E(患者市民参画)のための教育機会の不足や、患者・家族組織を財政的・運営的に援助する社会資源の限定性は、本邦において患者や家族を支援する倫理的なエコシステムを構築する必要性を示唆している。
【文献】
Hartman et al. ELSI in rare diseases. Eur J Hum Genet 28:174-81, 2020.