近年、本邦では少子化とともに高齢化が進行して久しく、高齢者の健康の維持増進は重要な課題である。中でも糖尿病は罹患率が高い疾患であり、高齢者糖尿病の増加が指摘されている。最近の急増の主体は、人口の高齢化と生活習慣の欧米化による運動不足や肥満・内臓脂肪蓄積からくる軽症糖尿病であると言われている。加齢に伴う耐糖能の低下が影響するため、このような軽症の高齢発症例が多く存在する。一方、問題となるのは空腹時血糖値が明らかに高い、成人期発症の高齢者糖尿病である。俯瞰的に捉えると、医療の進歩に伴い高齢に至っているため、罹病年数が長くなっている。病状における影響は、身体的な状況のみならず、精神・心理的要因や社会的要因もきわめて多様であり、治療や管理には多くの配慮が要求される。特に認知機能低下を伴った罹病年数の長い高齢者糖尿病の血糖管理面だけでも、医療従事者側を悩ませることも多く、治療選択における難易度が増す。 内分泌・代謝系にあたる糖尿病治療薬は種類が豊富であり、作用機序ごとに分類されている。言い換えると選択肢が多く、高齢者糖尿病の病態生理を踏まえての処方が望まれる。糖尿病治療薬は血糖降下が主作用であるのは当然だが、高齢者で低血糖が起こりやすい。またその際の発汗、手のふるえ、動悸などの自・他覚症状に乏しいために発見が遅れやすく、重篤な事態を招くこともよく知られている。高齢者への薬物療法による厳格な血糖管理は生命予後を不良にし、転倒や認知症の発症につながる危険性が高い。高齢者糖尿病に対する前向き大規模臨床介入研究(J-EDIT)などの結果からは、糖尿病性合併症や老年症候群の発症抑制にはマイルドな血糖管理に血圧、脂質の管理を加えたトータルなケアが重要であることが示されている。高齢者糖尿病の血糖コントロール目標 (HbA1c値)が2016年に発表され、2021年3月には日本糖尿病学会と日本老年医学会の編集・執筆による『高齢者糖尿病治療ガイド』の改訂版が刊行された。記載されているように、高齢者総合機能評価やポリファーマシーにも配慮した糖尿病薬物療法が重要である。個々の症例の特徴と現状を十分把握すると同時に、高齢者特有の病態にも配慮し治療を行うことでQOL向上が期待される。本シンポジウムでは、上記を踏まえて薬剤選択の考え方などを含め、高齢者糖尿病の一端に触れられれば幸いである。