ヒト組織をめぐる生命倫理の検討として、同意の取得や提供者の匿名性と並び、営利活動の制限は代表的な原則の一つとされる。例えば、フランスの1994年の人体尊重法 や欧州評議会「生命科学と人権条約」では、人体部分は市場価値とは距離を置いて位置付けられるよう、規定されている(その他、人組織や細胞を取り扱う多くの国際的な文書において、この原則には言及がある)。
一方、この原則については、示されている規範と実態とに大きな乖離が生じていることも指摘されてきた。こうした認識の乖離や混乱には、人体組織をめぐる活動が可視化されてこなかったとする従来の指摘に加え、議論の意義やそのスコープが曖昧であり続けてきた点にも問題点があると考える。一つは、これらの議論が当初想定していた活動と今日展開している状況とが合っていない可能性である。身体部分の提供の無償性の中でも、移植目的での臓器や組織の提供は、国際的に最もコンセンサスがあるテーマであるといえる(例えばWHOの文書 、欧州評議会臓器不正交易禁止条約 )。こうした活動においては、提供された臓器や組織の利用目的は提供の段階で明確であり、提供する者とそれを用いる者との関係もシンプルである 。一方、研究開発の文脈では、提供者と利用者との関係は相当に複雑になりうるうえ、付加価値の問題を考える必要がある。第二に、原則と個別の段階において許される範囲との関係の不透明さの問題である。そもそも「有償」「無償」とは何を指すのか。
本発表では、これらの原則をめぐる基本的な確認の後、日本の現時点の規制状況を確認し、その課題を整理することとする。