食塩を構成するナトリウムイオン(Na+)は体液量維持に必須のミネラルであり、口に含むと好ましい味として知覚される。現代、そのおいしさに起因する食塩摂取過多が多くの高血圧症患者を生み出し、WHOをはじめ世界中で減塩が推奨されている。しかし、舌でナトリウム味を感じるしくみが未解明なため、これまでの経験的な減塩戦略の効果は限定的であった。以前より味蕾におけるNa+センサーはアミロライド感受性上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)であると知られてきたが、塩味細胞の正体および細胞内シグナルカスケードは、30年以上もの間不明だった。最近我々は、マウスを用いた実験により、味蕾の塩味細胞の同定に成功し、さらにこれらの細胞がNa+の情報を変換して脳へと伝達するしくみを分子レベルで解明した。まず、ENaCは複数の味細胞種に発現するものの、ENaCとCALHM1/3を共発現する味細胞においてのみ、ENaCを介したNa+流入に反応して活動電位を生じることを見い出した。さらに、Calhm1発現細胞におけるENaCのコンディショナルノックアウトにより神経および行動レベルでナトリウム味応答が消失した。このように、数ある味細胞のうち、ENaC・CALHM1/3共発現味細胞が塩味細胞であることを突き止めた。一方、我々は先行研究において、CALHM1/3が電位依存性ATP放出イオンチャネルとしてプリン作動性神経伝達を担うことを報告しており、これをチャネルシナプスとよんでいる。今回、Calhm3ノックアウトマウスにおいてナトリウム味応答が消失し、かつ、超解像顕微鏡観察によりチャネルシナプス構造を確認した。このことは、CALHM1/3チャネルシナプスがナトリウム味の神経伝達を担っていることを示唆する。以上より、味蕾におけるナトリウム味受容の細胞分子機構は次のように明らかとなった。(1)ENaC・CALHM1/3共発現味細胞でENaCを介したNa+流入が細胞膜を脱分極させる。(2)電位依存性ナトリウムチャネルの活性化により活動電位が発生する。(3)活動電位依存的に活性化したCALHM1/3チャネルが神経伝達物質ATPを放出し、求心性味神経を活性化させることで塩味情報が脳へと伝達される。本講演では、上記の研究内容に加えて塩味受容機構研究の背景と最新の知見について紹介したい。