肺動脈性肺高血圧症(PAH)治療においては,早期に肺血管抵抗(PVR)を適切に低下させる必要がある.乳幼児など歩行困難な患者では,代替え指標が適用できずPVRを直接測定するが,PVRの測定は侵襲性が高く測定頻度を極力減らす必要がある.従ってPAH治療薬の用量設定では,PVRの予測,すなわち薬効(PD)予測が重要である。本研究では、PAHの主要治療薬であるホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬について,既報PVR予測方法の有用性について検討するとともに,その予測に必要な血漿中濃度推定のための母集団薬物動態解析(PPK)モデルについても検討することにした.
PDE5阻害剤としては,sildenafil (SIL)及びtadalafil (TAD)が汎用されている.このうちSILは小児PAH治療薬として承認され,PVRを推定するPDモデルは承認申請情報から閲覧可能である。SILおよびTADはPDE5の競合的阻害薬であり,in vitro試験の阻害定数および血漿中非結合形分率,各患者の平均血漿中濃度(Css)からPDE5占有率を算出することにより,SILのPVR予測モデルをTADにも適用した.施設におけるデータは,施設倫理委員会の承認を得た後に収集した.SIL及びTADを内服している小児患者のカルテデータから,治療開始後の血漿中濃度および治療開始前後のPVRまたはPVR係数(PVRI)を収集し,予測値と比較した。既報PDモデルからの予測値よりも良好な減少効果を示す例が散見された. TAD単剤ではPVRI値は良好に低下し,SILでは減少効果は限定的であった.両薬剤においてCssとの明確な相関性は得られなかったが,この原因として対象集団では様々な手術が実施され,その影響が大きいものと考えられた.
本研究では,医薬品開発段階で得られた各種PPK/PDモデルを基に,施設の症例にあったモデルを選択し,さらに改良することによって医療現場で活用することの事例が示された.本事例にあるように,論文化まで至らなかったデータも公表されることが,医療現場での実践的なモデルの活用につながるものと期待される.