ウイルス療法は、がん細胞のみで増えるウイルスを感染させ、ウイルスの直接的な殺細胞作用によりがん細胞を破壊して治癒を図る。実用的ながん治療用ウイルスを得るには、遺伝子工学的にウイルスゲノムを「設計」して、がん細胞ではよく増えても正常細胞では全く増えないウイルスを人工的に造ることが重要である。我々は、単純ヘルペスウイルスI型(HSV-1)を用い、安全に応用できる遺伝子組換えHSV-1の臨床開発を日本で進めている。特に、三重変異を有する第三世代のがん治療用HSV-1(G47Δ)は、がん細胞に限ってウイルスがよく増えるように改良され、抗がん免疫をより強く惹起することから、既存のがん治療用HSV-1に比べて安全性と治療効果が格段に向上した。G47Δはまた、がん幹細胞を効率良く殺す。
 First-in-human試験は、膠芽腫を対象として2009年より5年間実施され、その後第II相試験が医師主導治験として2015年から2020年まで実施された。高い治療成績が得られる一方、G47Δの副作用は限定的であったため、医師主導治験をpivotal studyとして2020年12月に製造販売承認申請がなされ、2021年6月に日本初、また悪性神経膠腫を対象としたものとしては世界初のウイルス療法製品が承認された(条件及び期限付承認)。G47Δは全ての固形がんに同じ機序で同じように有効性を発揮することが非臨床試験で示されており、2013年からは前立腺癌や嗅神経芽細胞腫、2018年からは悪性胸膜中皮腫を対象とした臨床試験も開始されている。今後、可及的速やかに全ての固形がんに適応を拡大することを目指す。
 我々はさらに、G47Δのゲノムの中に任意の遺伝子を組み込んで、付加的な抗がん機能を発揮するがん治療用HSV-1を作製できる。ヒトインターロイキン12発現型がん治療用HSV-1を作製して臨床開発を進めており、悪性黒色腫を対象にした第I/II相医師主導治験が2020年1月から開始された。さまざまな機能付加型がん治療用HSV-1の開発を進めており、更なる発展を目指す。
 ウイルス療法は、効率のよいがんワクチンとして働き、生存期間の延長に加え治癒する可能性を高めることから、普及すればがん医療に革命をもたらすと期待される。