心筋細胞は胎生期には細胞分裂するが、出生後には分裂しないため細胞のサイズを肥大させることで成人の心臓へと成長する。このため、心筋梗塞、心筋炎、サルコイドーシス等により心筋細胞が一定数以上壊死・脱落すると心不全に陥る。種々の方法で人工的に既存の心筋細胞を分裂させたり、種々の幹細胞を直接心筋中に移植する方法も試みられたが、いずれも心筋収縮力を劇的に改善させるには至っていない。我々はこれまで科学的な取り組みにより、末梢血T細胞からiPS細胞を安全・効率的に作出する方法、iPS細胞から心室特異的心筋を作出する方法、分化誘導した細胞群からiPS細胞やその他の細胞を除去し完全に心筋細胞のみに純化精製する技術、心筋細胞を大量に製造する技術、移植した心筋細胞を効率的に心筋に生着させる技術、細胞移植に適したデバイスの開発等を行ってきた。また、免疫不全マウス・ラット、ブタ、サルを用いた前臨床試験(造腫瘍、催不整脈性等)を精力的に進め、安全性、有効性の確認を行った。これらの技術を基に、京大CiRAが作出したHLA haplotype homo iPS細胞を用いて、純度99%以上のヒト再生心室筋特異的心筋細胞(未分化iPS細胞検出感度以下)を作出することが可能となり、免疫不全マウスに移植した再生心筋は腫瘍形成することなく、1年以上自動拍動を持続することを確認した。臨床応用の第1段階としては、HLA最頻度のiPS細胞から作出した心筋細胞を拡張型心筋症へ移植する臨床研究を本年度に実施する予定である。第2段階としては虚血性心疾患に伴う心不全への臨床治験を近々に開始予定である。さらに近未来には、第3段階としてHLAを欠損させたiPS細胞を用いた臨床応用、第4段階には患者本人のリンパ球から作出したiPS細胞を用いて拒絶反応のない再生心筋細胞を作出し、心不全の個別化医療への道を切り拓いて行きたいと考えている。人類待望の心室筋補填による難治性重症心不全に対する治療法の道が今開かれることを祈念している。