【目的】悪性腫瘍の診療時に腎疾患を扱う分野横断的な領域として設定されたonconephrologyが注目されているが、そのなかで、がん診療時の急性腎障害(acute kidney injury: AKI)は生命予後悪化に関与する重要な問題の1つといわれている。本研究では、消化器癌化学療法の第一選択レジメンで使用されているcapecitabineの体内動態に及ぼすAKI発症の影響を明らかにするために、腎障害モデルラットにおけるcapecitabineの体内動態について母集団薬物動態解析をおこない、癌治療を中断することなく適切に継続し得るための用量調節の可能性について検討した。
【方法】Wistar系雄性ラット(10週齢)の両側背部の後腹膜から両腎を露出後、腎動静脈をクランプで閉塞し虚血再灌流を行った。処置から24時間後に頸静脈より採血後、血清クレアチニン(sCr)値を測定し、腎障害モデルラットをKDIGO診療ガイドラインによるAKI診断基準と病期分類に従ってstage 1からstage 3に分類した。腎障害モデルラットおよび対照ラットにcapecitabineを180 mg/kgの用量で経口投与し、経時的に頸静脈より採血した。血漿中のcapecitabine及び各代謝物(5-DFCR、5-DFUR、5-FU)の濃度をLC-MS/MSにより測定した。これらの血漿中濃度データをcapecitabineから5-FUに代謝される過程を記述したコンパートメントモデルに当てはめて母集団薬物動態解析を行い、薬物動態パラメータと関連性のある因子を探索した。
【結果・考察】腎障害モデルラットのsCr値は、腎障害発症前に比べて、stage 1で1.6±0.1(±SD、N=5)、stage 2で2.2、2.8(N=2)、stage 3で4.9±1.5(N=4)倍上昇していた。AKIのstageに関わらず全ての腎障害モデルラットで、capecitabine 投与後の5-FUの血漿中濃度-時間曲線下面積(AUC0→∞)は、対照ラットと比較して、増加していた。母集団薬物動態解析の結果、capecitabineから5-DFCR、5-DFURから5-FUに代謝される速度定数(各々、k12、k34)および5-FUの消失速度定数(ke)は、薬物投与前のsCr値と相関していた(k12:r=-0.488、k34:r =-0.526、ke:r=-0.548)。これらの結果から、AKI発症に伴ってcapecitabineおよび各代謝物の消失が遅延し、5-FUの生体内暴露量が増加したと考えられた。
【結論】AKI発症時のcapecitabineの用量調節にはsCr値の変動を考慮することが、適切な癌治療への重要項目となる可能性が示された。