【目的】フィブリン(ノゲン)は様々な生理学的プロセスに重要な役割を果たす。創傷治癒では線維芽細胞の接着や増殖を誘導し、妊娠では絨毛と脱落膜の接着に必須である。ヒト生殖補助医療では着床率を高める目的でフィブリンが使用されたが、in vitroの検証はない。そこで、フィブリンが着床時のヒト胚の接着と栄養膜の成長を促進するかを調査した。また、ヒト胚研究の代用としてマウス胚は広く利用されるため、ヒトとマウスとの差を調べた。【方法】本研究に同意を得て提供された廃棄予定のヒト凍結胚盤胞と、ICR系マウスの凍結胚盤胞を使用した。解凍した胚盤胞をフィブリン基質上で培養して、着床実験を実施した。評価項目は1)栄養膜の成長(細胞面積の計測)、2)フィブリン分解(胚盤胞周辺のフィブリン消失領域)とした。培養上清中の線溶因子を同定し、胚の線溶関連遺伝子の発現を調べた。さらに栄養膜への線溶活性の影響を調べるために、ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター(uPA)の阻害、uPA活性の相対的上昇、およびフィブリン分解産物(FDP)を用いた。 本研究は学内倫理委員会、医療法人葵鐘会倫理委員会、および日本産科婦人科学会の承認後に実施された。【結果・考察】マウスではフィブリンは栄養膜の成長や形態に影響を与えず、顕著なフィブリン分解を伴った。一方、ヒトではフィブリンは栄養膜の成長を著しく抑制し、僅かなフィブリン分解が現れると栄養膜が成長した。培養上清中にuPA活性が検出され、ヒトはマウスより有意に低かった。uPAの阻害はフィブリン分解と栄養膜の成長を有意に減少させた。ヒト胚では、uPAの生物学的阻害剤のひとつであるPAI-2の遺伝子が発現していたが、マウスでは検出されず、両種のuPAの制御方法の違いが示唆された。またヒトでは、フィブリン存在下のuPA活性の相対的上昇が栄養膜の成長を促進し、さらにFDPも栄養膜の成長を促進した。【結論】フィブリンはヒト栄養膜の成長に一旦抑制的に働き、uPA活性上昇を介した線溶の亢進による一連のプロセスが成長を促進させた。これはフィブリンやFDPとの接触により誘導される表現型変換であると示唆され、この現象はマウスでは再現できないことからヒトに特有の機序であると考えらえる。