私は東北大学を卒業以来、広義の薬理学研究(分子薬理学、応用薬理学、精神神経薬理学、臨床薬理学、神経科学、放射性医薬品化学など)を行っている。情報伝達の仕組みにdirected系とdiffuse(拡散)系があることが知られている。会長講演として私の研究履歴である"拡散系"薬理学研究を紹介する。大学院時代は、放射性医薬品として癌診療に一般的に使用されるフルデオキシグルコース(FDG)の開発者である井戸達雄教授(薬学)と松澤大樹教授(医学)の指導を受けて新規PETプローブ開発に従事した。当時は神経伝達のPETイメージングの勃興期であり、神経伝達PETイメージングプローブの標識と動物実験で学位を取得した。
 米国でPET臨床研究が開始されていたので、1986年に米国ジョンスホプキンス大学のWagner教授のラボに留学した。神経伝達で著名なSnyder教授と一緒に、ドパミン、セロトニン、オピエート受容体のヒトにおけるPETイメージングを行っていた。モノアミンオキシダーゼ(MAO)のPETイメージングがWagner教授から与えられた私の研究テーマであった。米国留学前にヒスタミン神経の発見者である渡邉建彦教授(薬理学)と相談して、ヒスタミン系のPET研究を開始したので、Wagner教授の許可を得て[11C]Pyrilamineや[11C]Doxepinの標識を行った。米国におけるPET臨床研究の手法を理解し、帰国後に渡邉建彦教授の薬理学教室に在籍して臨床試験を開始できた。当時のホプキンスのラボにいた研究者とは今でも交流があり、現在もタウPETイメージングや神経炎症のPETイメージングを共同で行っている。特にMAO-BのPETイメージングは神経炎症のよいバイオマーカーになると考えて、[18F]SMBT-1 (J Nucl Med 2021;62:253-258)を開発して、国際共同PET臨床研究を進めている。
 米国留学中に開始したヒスタミンH1受容体のPETイメージング研究は、1990年代から開発されてきた非鎮静性抗ヒスタミン薬の脳内移行性を客観的に判断する指標であるH1受容体占拠率(H1RO)測定を開発して、国内外のガイドラインで私の非鎮静性抗ヒスタミン薬の考え方が採用されている(Pharmacol Ther 2017;178:148-156)。ヒスタミン研究はPET研究始まり、遺伝子ノックアウトマウス、分子生物学的研究、プロテオミクスなどの最新技術を導入して広範な"拡散系"薬理学研究を行っている。