近年様々な脳神経疾患の分子病態が明らかとなり、根本治療法(disease-modifying therapy:疾患修飾療法)の開発が急速に進められている。中でも神経筋疾患に対するdisease-modifying therapyは毎年のように次々と治療薬が薬事承認されており、そのほとんどがこれまでには全く治療法のなかった疾患である。本講演では、最近disease-modifying therapyが実用化された球脊髄性筋萎縮症と脊髄性筋萎縮症を中心に、開発の歩みと今後に向けた課題を概説する。 球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は、成人男性に発症する下位運動ニューロン疾患であり、アンドロゲン受容体(androgen receptor:AR)遺伝子第1エクソン内のCAG繰り返し配列の異常延長を原因とする。2017年にリュープロレリン酢酸塩がSBMAの進行抑制の効能を有する治療薬として薬事承認された。リュープロレリン酢酸塩はアンドロゲンの産生を抑制する薬剤であるが、SBMAの根本病態である変異ARの集積がアンドロゲン依存性に生じることがマウスモデルで明らかにされたのに基づき、原因蛋白質を標的としたdisease-modifying therapyとしてアカデミア主導で開発された。複数の医師主導治験を経て承認に至ったが、非臨床試験に比べ臨床試験における有効性が低かったことから、その長期の有効性・安全性に係るリアルワールドエビデンスを今後の市販後臨床研究で明らかにしてくことが必要と考えられる。 脊髄性筋萎縮症 (SMA)はSMN1欠失もしくは変異を原因とする常染色体潜性(劣性)遺伝疾患であり、一般に6ヶ月までに発症する重症型(1型)から1歳半以降に発症する軽症型(3型)に分類される。1型では2歳までに人工呼吸器装着もしくは呼吸不全による死亡を余儀なくされる。2017年にアンチセンス核酸nusinersenが承認されたのを皮切りに、AAVによる遺伝子補充治療、経口薬による遺伝子発現調整治療が次々と承認された。これらの治療はいずれもSMAの原因遺伝子であるSMNを標的とし、核酸レベルで作用するdisease-modifying therapyである。小児を対象とした治験で高い有効性が示され、開発・承認が迅速に進み、さらには新生児スクリーニングとリンクした発症前治療も進んでいる。しかし、軽症例に対する治療開始時期や、病気の進んだ成人例に対する治療のエビデンスは確立されておらず、国内外で進んでいる大規模レジストリ・コホート研究の成果が待たれる。