高齢化の進行に伴い、認知症、特にアルツハイマー病(AD)の患者数が急増している現在、その治療法開発は、我が国のみならず世界的にも喫緊の課題となっている。本邦では、AD(正確には、アルツハイマー型認知症)に対して4種類の薬剤(ドネペジル、ガランタミン、メマンチン、リバスチグミン)が承認を受けている。ただいずれの薬剤は神経変性そのものを抑制する機序ではなく、認知症の根治治療となりうる「Disease-modifying therapy(DMT)」の開発に期待が高まっている。
近年、分子生物学の発展によって多くの神経変性疾患の分子病態が判明してきた。ADにおいても、アミロイド前駆タンパク質から切り出されるアミロイドβ(Aβ)が凝集してオリゴマーを形成し、プロトフィブリルからフィブリルを経て、老人斑の主要構成成分となる病態が解明されてきた。このAβの蓄積によって神経細胞の機能低下や細胞死が引き起こされ、ADの発症に大きく関わるとするのが、いわゆる「アミロイド仮説」である。
このアミロイド仮説に基づき、能動あるいは受動免疫を用いてAβの除去を図る治療法の開発が進められてきた。ただ能動免疫であるワクチン療法の治験では、細胞性免疫で生じる髄膜脳炎の副作用が問題となったため、それを回避しうる受動免疫療法、特にAβに対するモノクローナル抗体の治験が数多く行われている。ただ検証的試験において有効性が検証されず、開発中止となる例が続出していた。またAβ産生を阻害するβセクレターゼ阻害薬でも開発中止が相次いだ。最近では、Aβと並んでADの病態に深く関わるタウを標的とした抗体薬の開発も盛んであるが、今のところ上市にまで至った例はない。
そのような中、抗Aβ抗体である「Aducanumab」は、中間解析によって一旦は開発中止が決まったものの、追加解析では主要評価項目が達成されたとし、2020年8月に米国FDAに対し申請が行われた。2021年6月、条件付きであるがADに対するDMTとして世界初の承認を取得した。日本や欧州の規制当局においても現在、審査が行われている。
このようにADにおけるDMT開発の歴史はいわば失敗の歴史でもあったのだが、「Aducanumab」によって一筋の光が差し込んだとも言える。本講演ではADにおけるDMT開発の現状のほか、失敗の裏に潜む課題や、その克服に向けた最新の動向について触れていきたい。