精神科のポリファーマシーを考える上で、薬物相互作用は避けては通れない問題である。薬物相互作用は、薬物動態学的と薬力学的の2つの相互作用に大別される。前者は、バルプロ酸ナトリウム併用による血中ラモトリギン濃度の上昇と、それに伴う重篤な皮膚障害の発現に代表されるように、致死的な事象をきたす可能性もあることから、その予測と回避は精神科治療で不可欠である。なかでも、多くの精神科薬はCYPの基質であり、一部は阻害薬又は誘導薬であるため、CYPを介した相互作用の予測と回避が重要である。
 一方、精神科領域ではP糖蛋白(P-gp)等のトランスポーターの輸送活性を介した薬物動態学的相互作用が知られている。我々は、健康成人を対象とした検討により、フルボキサミンやパロキセチンの併用がP-gpの基質薬物であるフェキソフェナジンの暴露量を上昇させることを明らかにした(Saruwatari et al. J Clin Psychopharmacol, 2012)。また、カルバマゼピンの併用が血中パリペリドン濃度を顕著に低下させたことから、カルバマゼピンによる消化管のP -gpの誘導作用を介した機序が考えられた(Yasui-Furukori et al. Ther Drug Monit, 2013他)。このように、P-gpを介した相互作用は精神科薬治療で極めて重要である。
 薬力学的観点からは、選択的セロトニン再取り込み阻害薬が上部消化管出血や脳出血のリスクを高めることが報告されていることから(Jiang et al. Clin Gastroenterol Hepatol, 2015他)、非ステロイド性抗炎症薬や抗血小板薬を服用する患者に当該薬を用いる際は、消化管出血等の副作用に十分な注意が必要である。我々は、日本精神科病院協会及び日本臨床精神神経薬理学会の「抗精神病薬治療と身体リスクに関する合同プロジェクト」の大規模調査のデータの再解析により、女性の統合失調症患者で抗精神病薬3剤以上服用者において過体重の頻度が高いことを明らかにした(Oniki, Yasui-Furukori et al. in preparation)。さらに、抗コリン作用を有する薬剤数の増加に伴って、高齢入院者での嚥下障害リスクが上昇することを解明した(Takata et al. BMC Geriatr 2020)。このように精神科薬の有害反応を回避する上で、薬力学的相互作用の予測も必要である。
 本発表では、近年の知見を提示しながら、精神科薬の薬物相互作用の観点からポリファーマシーへの対策について議論する予定である。