卵巣癌は婦人科悪性腫瘍の中で最も死亡者数の多い疾患である。自覚症状に乏しいため早期発見が難しく、約半数の症例が予後不良の進行期分類3・4期で発見される。さらに、腹膜に播種性の転移を起こしやすいこと、特に転移・再発症例において薬剤耐性が頻発することが治療を困難にしている。近年、複数の分子標的薬が承認され卵巣癌の治療選択肢は拡大しつつあるが、卵巣癌患者の生命予後や薬剤治療効果を予測するマーカーは極めて限られており、いまだ適切な治療が届かない患者が多く存在する状況にある。
Cylindromatosis(CYLD)は、その機能喪失が腫瘍悪性化に深く関与することが報告されている腫瘍抑制遺伝子である。CYLD は、タンパク質のユビキチン化を制御する脱ユビキチン化酵素として、nuclear factor-kappa B (NF-κB) 等の様々な細胞シグナルを抑制的に制御している。当初、CYLD の機能喪失型変異が複数報告されたが、その後の研究により、変異を伴わないCYLDタンパク自身の発現低下による機能喪失が腫瘍の悪性化および予後不良の要因となっている可能性が示されつつある。これらを受けて我々は、CYLD発現に着目した卵巣癌患者組織の病態解析および分子生物学的アプローチによる検証を実施した。その結果として、(1)CYLD発現低下症例では Aktシグナル過剰活性化等を介した転移能亢進・薬剤耐性化により、生命予後が著しく悪化していること(予後予測マーカーとしての有用性)、(2) CYLD発現低下時にはAkt阻害剤などの薬剤が転移および薬剤耐性に対して効果を発揮すること、さらに、特定の分子標的薬への感受性が亢進すること(薬剤選択マーカーとしての可能性)などの知見を得た。
本研究の結果から、CYLD発現が卵巣癌の生命予後や薬剤治療応答性に深く関与する可能性が示唆された。今後、さらなる研究展開によりCYLD 発現を予後予測・薬剤選択マーカーとした個別化治療の有用性が検証されれば、卵巣癌の治療向上に大きく貢献することが期待される。