【目的】Protein disulfide isomerase (PDI) は、タンパク質のジスルフィド結合の形成、異性化を担い、タンパク質の高次構造形成に重要な役割を果たしている。異常タンパク質の蓄積を特徴として持つアルツハイマー病などの神経変性疾患では、PDIのS-ニトロシル (SNO) 化が起こり、その発症に関わることが示唆されている。一方で、PDIのSNO化をもたらす原因や神経変性疾患の発症機構については、未だ不明な点が多い。本研究では、アルツハイマー病患者の脳内でグルタチオン濃度が低下することに着目し、グルタチオンの枯渇がPDIのSNO化に与える影響を検討した。
【方法】実験にはグルタチオン合成酵素阻害剤buthionine sulfoximine (BSO) 添加後24時間経過したヒト神経芽腫由来SH-SY5Y細胞を用いた。細胞生存率はMTT assayにより、細胞内活性酸素種 (ROS) 量はDCHF-DAを用いて、細胞内グルタチオン量はEllman's assayにより測定した。また、PDIのSNO化はBiotin-switch assayにより、小胞体ストレスマーカーの活性化はWestern blottingにより評価した。
【結果・考察】BSOを25, 50, 100 μMで添加し24時間後のSH-SY5Y細胞の細胞生存率に変化は見られなかった。一方、細胞内ROS量は、BSO添加群で濃度依存的に増加した。さらに、BSOを添加したときの細胞内グルタチオン量は、各濃度でコントロールと比較して70‐80%程度低下した。続いて、本条件により誘導されたグルタチオン枯渇により、SH-SY5Y細胞中のPDIにSNO化が生じるかを評価した。その結果、100 μMのBSOを添加し24時間後のSNO化PDI量は増加した。PDIのSNO化は小胞体ストレスマーカーであるIRE1αのリン酸化、PERKのリン酸化、ATF6の切断のうち、特にIRE1αのリン酸化を誘導することが明らかとなっている。そこで、PDIのSNO化が小胞体内に及ぼす影響を調べるために、IRE1αのリン酸化を評価したところ、100 μMのBSO添加後24時間でリン酸化IRE1αの増加が確認された。
【結論】神経細胞内のグルタチオン合成阻害により細胞内グルタチオンが枯渇し、PDIのSNO化が誘導される。さらに、PDIのSNO化により小胞体ストレスが生じ、IRE1αのリン酸化が亢進する。本研究により、神経細胞内のグルタチオン量の低下がPDIのSNO化の一因となることが明らかとなり、神経変性疾患の発症メカニズムの解明、ひいては新たな治療法の開発につながることが期待される。