【目的】肺癌や膵臓癌に用いられるエルロチニブは、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤の一つであり、強力な抗がん活性を有する。その一方で、エルロチニブは皮膚乾燥をはじめとした皮膚に関連する副作用の発現頻度が高く、使用に際して注意を要する。皮膚乾燥は直接生命に影響を及ぼさないため、その治療や対策は軽視されがちであるが、皮膚乾燥が原因でエルロチニブの投与が中止となる場合もあるなど、看過できない。本研究では、エルロチニブによる皮膚乾燥メカニズムを明らかにする目的で、マウスおよび細胞を用いた基礎研究を実施した。
【方法】抗がん活性を示す投与量のエルロチニブをマウスに14日間連日経口投与し、皮膚角質水分量を測定した。さらに、皮膚における保湿機能調節関連遺伝子[セラミド合成酵素、セラミド分解酵素、ヒアルロン酸合成酵素、ヒアルロン酸分解酵素、コラーゲン、アクアポリン3(AQP3)]の発現量を測定するとともに、リン酸化EGFRおよびリン酸化ERKの発現量を解析した。また、表皮角化細胞株であるHaCaT細胞に、細胞生存率に影響を及ぼさない濃度のエルロチニブを添加し、AQP3、リン酸化EGFRおよびリン酸化ERKの発現量を解析した。
【結果・考察】エルロチニブ投与群の皮膚角質水分量は、コントロール群と比べて有意に低下していた。さらに、皮膚保湿機能調節関連遺伝子の発現量を調べたところ、エルロチニブ投与群では、水チャネルであるAQP3のみが、コントロール群に比べて有意に低下していることがわかった。また、HaCaT細胞にエルロチニブを添加したところ、AQP3のmRNA発現量およびタンパク質発現量がいずれも低下していた。加えて、HaCaT細胞およびマウス皮膚のいずれにおいても、エルロチニブ処置により、リン酸化EGFRおよびリン酸化ERKの発現量が有意に低下していた。これまで、皮膚におけるAQP3は血管側から角質側への水輸送に関与しており、AQP3ノックアウトマウスでは角質水分量が低下することが報告されている。したがって、エルロチニブによる皮膚乾燥は、AQP3の発現低下により、血管側から角質側への水の移動が制限された結果、引き起こされている可能性が考えられた。また、このAQP3の低下は、エルロチニブによるEGFR活性阻害を介したERKの発現抑制に起因している可能性が示唆された。
【結論】エルロチニブによる皮膚乾燥に対しては、皮膚におけるAQP3の発現を増加させる物質が有効であると考えられた。