【目的】本邦における日米の「ドラッグラグ」の状況は、一定の期間に日本及び米国で承認された薬剤をサンプルとし、両国の承認日の差(一般に日本の遅れ)を算出した結果として示されることが多い。しかしその方法はサンプリングバイアスの影響を受けるだけでなく、たとえば「日本に参入する新薬数の減少」といったラグの量的な側面を表現できない。国民の医薬品アクセスの機会費用(逸失利益)の観点からの評価を行うこともできない。本研究では、承認日の差による一般的なラグの指標に加えて、承認薬剤の種類・数の相違、各薬剤が市場において使用されなかった期間を考慮した指標を併せ用いて日米「ドラッグラグ」の状況を記述し、それぞれの指標のパブリックヘルス及び産業論的な含意を考察した。
【方法】2016-2020年に日本と米国で承認されたすべての新有効成分含有医薬品(日本:192品目、米国:311品目)を対象として承認日、薬剤と承認取得企業のプロファイルを収集した。ある時点の日米の「ドラッグラグ」を (a) (承認時点での)薬剤の承認日の差、(b) 日・米各々の承認品目数、(c) 各品目の日米相対的なラグ期間の積算値(経時的な積み上げ)によって表現した。
【結果】一般的な方法(a)で算出されたラグ(日本の遅れ)は、2016年から2020年まで中央値で37.5カ月、13.5カ月、11カ月、13カ月、5カ月と推移し、著しく改善しているように見えた。一方、承認品目数を用いると(方法(b))、同期間に米国のみで承認された品目数は25個から244個へ、日本のみで承認された品目数は14個から65個へと推移しており、数のバランスとしては日本への新薬参入が明らかに滞っていることが分かった。日米相対的な医薬品アクセスの積算を示す方法(c)による表現も、方法(a)が与える印象(著しい改善)とは異なる印象を与えるものであった。
【考察・結論】日米の承認時期の差により表現された「ドラッグラグ」は製薬産業論の象徴的なシグナルとして一見分かりやすいが、国民の新薬アクセスの全体の姿を表現できず、また、不可避的に生じるサンプリングの歪みから、「状況の改善・悪化」といった経時的な評価目的には不適切な指標である。国レベルの新薬アクセスの評価にどのような指標を用いるべきかについては国民の健康への影響とリンクした議論が必要である。