2019年末に始まった新型コロナウイルスによる感染症は、2020年3月にはWHOによりパンデミック状態と宣言された。日本においてもこの間目まぐるしく状況が変化した。ダイヤモンドプリンセス号、国内での感染者発生と感染者数の拡大、病院における大規模クラスターの発生、緊急事態宣言。人類が経験してきたパンデミックのなかでも、これほどリアルタイムに医療情報があふれ、人々が行動変容を求められたことはなかったのではないか。つまり新型コロナウイルス感染症の流行は、全世界の個人に対しHealth Literacyについてリアルタイムに問い、迅速な行動変化を起こすことを要求したのである。 あふれる医療情報はやがて解決手段として、治療薬、医療機器、予防薬の要求へと人々を向かわせた。そこで人々が目の当たりにしたのは、日本では、他の国で次々と行われるような対応-PCR検査の大規模実施、検査キットの販売、人工呼吸器の生産、新薬の緊急承認やワクチンの治験など-が行われないという事態である。なぜ市民が熱望する医薬品や医療機器を、迅速に手に入れられないのか。多くの国民がワイドショーに出演する「専門家」が「国が悪い」「陰謀だ」、と主張する言葉にうなずき、憤ったことだろう。行政への怒りは、今やVaccine hesitancyにつながり、我々の目指す新型コロナウイルス感染症対策を難しくする一要因ともなっている。 なぜ私たちは望む医薬品や医療機器を手に入れられないのかという点に関して、医薬品や医療機器開発に対する市民の理解と、実際に取りうる行政対応にはギャップがある。医薬品や医療機器は、ワクチンも含めすべて企業の作り出す「製品」であることから、行政が法の枠組みで取りうる対応は限られるからである。しかし、行政の目的は国民のニーズを満たすことであるから、行政にも国民のニーズを受け止め行政に反映する改善努力は求められる。そしてニーズを生み出す側の市民も重大で切迫した健康危機を理解し、何を望んでいるのかを発信する必要もあり、そこにはやはりHealth Literacyが必要なのである。医薬品や医療機器開発の最終的な受益者である市民は、誰と何を議論すべきなのか。本講演では、医療現場で勤務する医師として行政に飛び込んで得た知見から、行政と市民双方に求められるHealth Literacyを議論する。