ファーマコゲノミクスは、薬効や副作用などの薬物応答性に関連する遺伝的要因 (ゲノムバイオマーカー) を見出し、個人個人に合った薬を適切に使い分けることを目指す研究分野である。がん治療においては、医薬品の適応判定を目的としたコンパニオン診断薬として、がん遺伝子検査と次世代シークエンサーを用いたがんゲノムプロファイリング検査が、現在約30薬剤について保険収載されている。これらのコンパニオン診断薬のほとんどは、がん組織を用いる体細胞遺伝子検査であるが、2019年より、従来、遺伝性乳癌卵巣癌症候群の診断に用いられてきたBRCA1/2検査が乳癌・卵巣癌・前立腺癌・膵癌治療薬オラパリブの選定のために行われている。
一方、薬物血中濃度や重症副作用を予測する遺伝子検査 (薬理遺伝学検査) では、抗がん薬イリノテカンによる副作用の発現リスクを予測するUGT1A1検査、炎症性腸疾患、リウマチ、白血病、自己免疫性肝炎等の治療におけるチオプリン製剤 (6-メルカプトプリン、アザチオプリン) の至適投与量を予測するNUDT15検査、多発性硬化症治療薬シポニモドの投与可否・投与量を判断するためのCYP2C9検査 (いずれも保険収載)、ゴーシェ病治療薬エリグルスタットの用法・用量調整に用いられるCYP2D6検査 (先進医療) のわずか4種類 (5薬剤) が臨床応用されているに過ぎない。このように、臨床導入が限定的である薬理遺伝学検査の社会実装を推進するためには、臨床的有用性 (clinical utility) を示す信頼性の高いエビデンスを示すとともに、結果返却に関するプロセスを含むゲノム医療の提供体制の構築に関する検討が必要であると考えられる。