がん化学療法において、重篤な副作用発現は治療の中断や患者死亡につながる大きな問題である。5-フルオロウラシル(5-FU)を活性本体とするフッ化ピリミジン系抗がん剤(FP剤)は、様々ながん治療のキードラッグであるが、投与患者の約30%に重篤な副作用が生じるとされる。投与された5-FUはその80%以上がジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)及びジヒドロピリミジナーゼ(DHP)による代謝を受け排泄される。DPD及びDHPは、それぞれDPYD及びDPYS遺伝子にコードされており、酵素活性低下を誘引する遺伝子多型がFP剤による副作用発現の一因となることが知られている。白人種において、4種のDPYD遺伝子多型が副作用発現のリスクマーカーとして同定されているが、日本人集団においてこれらのバリアントは同定されておらず、日本人集団における有用性の高い遺伝子多型マーカーの報告はほとんど皆無である。近年、東北メディカル・メガバンク機構による大規模全ゲノム解析により、低頻度の遺伝子多型が数多く同定されており、この中に日本人集団特有の副作用予測マーカーとなり得るバリアントが存在する可能性がある。一方で、演者らは5-FUのプロドラッグであるカペシタビン投与患者においてDPYS欠損による致死的な副作用が発現した症例を報告している。DPYS欠損症は日本人をはじめとするアジア人集団での報告が多くなされており、DPYDバリアントに加え、DPYSバリアントが日本人集団におけるFP剤副作用予測マーカーになり得ると考えられる。これまでに、演者らは東北メディカル・メガバンク機構が公開している日本人全ゲノムリファレンスパネルを活用して、新たに同定された非同義置換を伴うDPYD及びDPYSバリアントについて、精力的にin vitro解析を行い、それらの機能変化を酵素反応速度論的解析により評価してきた。さらに、これらの酵素活性変動のパラメータより、各バリアントのアクティビティスコアを算出し、それぞれの遺伝子型に基づいた酵素活性予測パネルを構築している。その結果、日本人集団において、DPYDでは20.4%、DPYSでは1.5%のヒトで酵素活性が低下又は消失することが推測され、FP剤による副作用が発現するとされる約30%の患者のうち、約3分の2が遺伝子型から説明可能であると予想している。これらの結果は患者個々の遺伝的背景を詳細に解析することで、従来よりも安全かつ効果的ながん化学療法の展開に大きく寄与すると期待される。