認知症の中でもアルツハイマー病(AD)、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症(FTLD)は三大認知症と呼ばれ、脳内にアミロイドβ(Aβ)、タウ、αシヌクレイン、TDP43という4種の異常タンパク凝集体のいずれかが沈着することを特徴とする。いずれのタンパクが脳のどの部位に沈着しているのかを生体脳で画像化できれば、客観的な診断、鑑別、病勢評価に寄与する情報が得られる。ADの中核病態はAβとタウの沈着であるが、Aβ沈着をポジトロン断層撮影(PET)で可視化するイメージング剤(プローブ)は医薬品として承認され、ADの疾患修飾薬の承認を契機に医療保険収載される可能性も高まっている。タウ沈着はAβ以上に神経障害、神経脱落と密接に関連すると考えられており、タウ病変のPETイメージングが疾患進行の評価に役立つと見込まれる。Aβやタウ病変を可視化するPETプローブは、大半が海外の企業によって作出されたものであるが、我々量子科学技術研究開発機構(QST)のグループは高いコントラストでADやFTLDのタウ沈着を検出するプローブを開発し、臨床評価を進めている。バイオベンチャーであるアプリノイア社との連携により、米国・日本・台湾・中国でグローバル臨床試験を展開し、2-3年以内に診断薬として承認されることを目指している。日本発のプローブを技術的な基軸として、国際的な共同研究開発を推進できると目される。認知症をはじめとする中枢疾患の治療薬開発で「ものさし」として利用できるPETプローブを、企業とアカデミアのニーズを突き合わせて開発する産学連携体制として、QSTは「量子イメージング創薬アライアンス・脳と心」を2017年より主宰している。10社近い会員(国内製薬企業)と未発表データを含む情報交換、意見交換、探索評価を経て標的分子やプローブ候補化合物を同定し、神経炎症、タンパク凝集体、シナプス異常など特定のテーマで部会を構築して、部会内では複数企業との前競争的・協調的な連携によってプローブ開発が進展中である。一連の取り組みにより、αシヌクレイン病変の有望なPETプローブが非臨床で得られ、本年より臨床評価が開始された。研究開発の成果物を各国で診断薬として実用化し、治療薬の非臨床・臨床試験にも活用してもらえるよう、アライアンスにおける知財のビジネス展開機能も強化中である。