クローン病や潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患の診療において、アザチオプリンおよび6-メルカプトプリンからなるチオプリン製剤は現在においても寛解維持治療を中心に活用されている。稀に経験される全脱毛や白血球減少はチオプリン製剤に特徴的な副作用であり、重篤かつ回復に時間がかかることなどから治療導入の障害となっていた。欧米人に比較しアジア人で副作用が多いにもかかわらず、チオプリンのPGx検査としてよく知られるTPMTの遺伝子多型はアジア人での相関が極めて弱く、別の要因が示唆されていた。2014年に明らかとなったNUDT15遺伝子多型とチオプリンによる白血球減少および脱毛との非常に強い相関は、特に全脱毛はほぼ全てこの遺伝子多型だけで説明できるほど多型と症例が一致した。この明確な関連性から、我々は検証研究および検査キットの開発を行い、その結果2019年2月から保険収載となった。実用化から2年以上経過しNUDT15遺伝子検査はチオプリン製剤を使用する前のスクリーニング検査として定着しつつある。一方で、この検査の結果を単に高度の副作用症例(Cys/Cys型)の判定に使用するだけなのか、ヘテロ型や特殊型はどう扱うのかなどはまだ議論があるほか、そもそもこの検査が実際に予後を改善しているかは評価が必要である。少数例での検討であるが、当院通院中の炎症性腸疾患患者でチオプリン使用歴のある259例について、事前にNUDT15遺伝子多型検査を行った群65例と、検査なしで治療を開始した194例の予後を比較したところ、遺伝子検査なし群ではヘテロ型の累積副作用回避率が有意に通常型より低かったものが(p= 0.000270)、遺伝子検査後にヘテロ型でチオプリンを減量して開始すると、通常型との有意差が消失していることが確認された((p=0.495)。現在、大規模での検討が進んでいる。もう一つの問題として、妊娠中のチオプリン製剤の使用とNUDT15遺伝子多型検査の問題がある。チオプリンは妊娠中にも使用することがあるが一部は胎盤移行するため、胎児のNUDT15遺伝子型が母体と異なる場合に、母体では問題がない場合でも胎児に問題が発生する。この問題はヒトと同じNUDT15遺伝子多型を再現したマウスの実験で危険性が確認されており、現在臨床での検討が進められている。このように国内で実用化に至った数少ないPGx検査の一つであるNUDT15遺伝子検査について、実用化後の現状と問題点についてまとめる。