本邦における脳卒中の死亡数は死因別死亡数の第4位であり、なかでも脳梗塞の死亡数は脳卒中の約60%を占めている。心原性脳塞栓症は最も予後不良な脳梗塞であり、従来その再発予防にはビタミンK拮抗型抗凝固薬ワルファリンが汎用されてきた。しかし、ワルファリンは多くの薬物やビタミンKを豊富に含む食品と臨床上問題となる相互作用を示すことが報告されている。一方、トロンビンや活性型血液凝固第X因子 (第Xa因子) に直接作用する経口抗凝固薬 (DOAC) においては、食品や薬物との相互作用がワルファリンよりも少なく、DOACの有効性や安全性はワルファリンと同等であることから、実臨床におけるDOACの使用頻度が増加している。しかし、添付文書に記載されている用法・用量に準じてDOACを投与しても、消化管出血が高い頻度で認められること、DOACの出血症状を予防するための指標がないことが問題になっていることから、DOACの薬効や出血症状を反映するバイオマーカーを探索する研究が進められている。
 DOACは小腸や肝臓、腎臓に発現する薬物排出トランスポーターにより体外へ排泄され、小腸や肝臓に発現する薬物代謝酵素により代謝される。これらのタンパク質がDOACの体内動態を規定する主要因子と考えられるが、これらのタンパク質の遺伝子多型が薬物動態に及ぼす影響については不明な点が多い。近年、治験データを用いたDOACの曝露/応答解析より、血中薬物濃度または血中薬物濃度-時間曲線下面積が出血症状や血栓塞栓症の発現頻度と相関することが報告されている。従って、DOACの体内動態における個体間変動要因を解明できれば、個々の患者における血中薬物濃度を精確に予測することが可能になり、これに基づく消化管出血の予防法の確立に繋がると考える。
 そこで本講演では、DOACの薬物動態/ゲノム薬理学的研究について紹介し、DOACによる消化管出血の予防に対する薬物動態関連遺伝子多型の有用性について考察したい。