高齢者においては、多数の薬物を同時に使用することが多い。それに伴い薬物相互作用による有害事象が生じるリスクは高くなることから、薬物相互作用の影響を正確に予測し、適切にマネジメントすることが重要である。加齢に伴う生理的変化などによる薬物動態変動に、さらに薬物相互作用の影響も加わるので、高齢者における薬物の体内動態を正確に予測するには生理学的薬物速度論 (PBPK) モデル解析の活用が必須である。本研究では、主に代謝により消失するベンゾジアゼピン系睡眠薬フルニトラゼパムをモデル薬物として、加齢に伴う生理機能の変動を組み込んだPBPKモデル解析を実施した。
まず、消化管、全身循環、肝臓、末梢組織で構成されたPBPKモデルを若年者にフルニトラゼパムを単回経口投与した際の血中濃度推移に当てはめ、体内動態パラメータを推定した。次いで、文献情報から得た加齢に伴うパラメータ変動 (最大で肝血流速度は約0.3倍、肝重量は約0.5倍、血漿中アルブミン濃度は約0.9倍の低下、分布容積は約1.5倍の増大) をモデルに組み込み、フルニトラゼパム反復経口投与時の血中濃度のシミュレーションを行った。定常状態におけるピーク濃度には年齢に依存した相違はほとんど認められなかったのに対し、高齢者においては最大で若年者の2倍程度の消失半減期の延長およびトラフ濃度の上昇が認められた。このことから、高齢者におけるフルニトラゼパム投与による有害事象発現リスクの上昇は、加齢に伴う体内動態変動が一因となる可能性が考えられた。
PBPKモデル解析に使用する体内動態パラメータが不明な場合、当てはめ計算等により値を見積もる必要がある。フルニトラゼパムのバイオアベイラビリティ (F) が不明の場合を想定して同一の血中濃度推移から体内動態パラメータを推定すると、設定したFに依存して肝クリアランスおよび小腸アベイラビリティが異なる値に見積もられた。CYP3A4基質フルニトラゼパムとCYP3A4阻害薬エリスロマイシンとの臨床相互作用事例についてPBPKモデル解析を実施した結果、小腸アベイラビリティに依存して予測されるフルニトラゼパムの血中濃度上昇率に相違が認められた。すなわち、CYP3A4基質のFが不明な場合に相互作用の程度を予測する際には小腸での代謝に関する情報が必要であることが示された。
本解析により得られた知見を、高齢者における適切な投与設計および薬物相互作用マネジメントに繋げていきたい。